優遇しているようで実は差別的 ―― 根強い専業主婦志向を生む「年収の壁」の矛盾 #昭和98年
橘玲(作家)=税や社会保障は「個人単位」で対応すべき
「なぜ『年収の壁』のような問題が起きてしまうのか。その元凶は、この国が税や社会保障を“イエ単位”で考えていることにあります。本来、税や社会保障は『個人単位』で対応すべきこと。それを『イエ=世帯単位』で行っていることに、そもそもの問題があります」 こう指摘するのは作家の橘玲さんだ。橘さんは『専業主婦は2億円損をする』(2017年)をはじめ複数の著書の中で、「年収の壁」など専業主婦をめぐる問題を提起してきた。税制や社会保障で専業主婦を特別扱いすることは専業主婦を優遇しているように見えて、実は差別だと橘さんは語る。 「日本における大卒女性の平均的な生涯収入は2億円以上で、退職金や定年後再雇用を含めれば2億5000万円くらいになるでしょう。それにもかかわらず、年金や健康保険など社会保険料を抑えるために夫の扶養家族になり、年130万円未満しか働かないのでは、この大きなポテンシャルをドブに捨てています。とりわけ専業主婦の国民年金の保険料を免除する第3号被保険者制度は、女性をイエに押し込め、社会での活躍を阻害するきわめて差別的な制度です」 そして何より、世帯単位で考えることは民主社会の原則に反するという。
「近代の民主社会の大原則は、すべての国民に平等な人権を保障することで、国家は市民を無差別に扱わなければなりません。そのため、かつては世帯単位で納税や社会保障を決めていた欧州の国々も、1970年代ごろから個人単位に変わってきた。ところが日本は1985年に、そうした流れに逆行するように第3号被保険者制度を導入しています。不思議なのは、家父長制を温存するこの制度に対して、日本ではフェミニストやリベラルがまったく批判してこなかったこと。専業主婦を優遇することが女性のためにもなるとされ、批判すること自体がタブーとされてきました」 正社員と非正規をはじめ、差別的な制度はほかにもさまざまなものが存在しているという。欧州では同一労働同一賃金という労働法制で、同じ条件で働く正社員とパートタイム労働者は働く時間の差だけで賃金に違いが出る。日本では、正規と非正規という身分だけで職務内容も待遇も異なる。 「親会社と子会社もそうですよね。同じ仕事をしているのに、なぜ親会社からの出向者の給与は1.5倍なのか、誰も合理的な説明ができません。海外における本社採用と現地採用の待遇格差は、「外国人差別」といわれても反論できないでしょう。正規/非正規をはじめとして、日本ではあらゆるところに「身分」のちがいが顔を出します。日本は近代のふりをした『身分制社会』なのです。さらに絶望的なのは、自分たちが身分差別をしていることに、経営陣ばかりか「あらゆる差別に反対する」はずの労働組合すら気づいていない、あるいは見て見ぬふりをしていることです」