優遇しているようで実は差別的 ―― 根強い専業主婦志向を生む「年収の壁」の矛盾 #昭和98年
ただし、女性の内心は変わっていない部分もあるようだ。国立社会保障・人口問題研究所がほぼ5年ごとに行う出生動向基本調査によると、「女性のライフコース」の理想像は「仕事と子育ての両立コース」が2021年に初めて最多(34.0%)になった。だが、結婚・出産後に仕事を一度辞め、子育て後に再び仕事をする伝統的な「再就職コース」は2021年には26.1%で2位だったものの、長く30%以上と最多を維持し続けてきた。周教授は、この“伝統コース”を志向する割合は世界的に見ても高いとしたうえで、このコースは女性にとってリスクが高いと指摘する。 「“伝統コース”もしくは専業主婦というライフコースでは、キャリアが形成されず、人的資本も蓄積されないことが多い。結果的に最低賃金での収入でギリギリの生活になってしまう。リスクが顕在化するのは離婚したときです。シングルマザーは働いても5割近くが貧困状態ですが、これは異常なことです。専業主婦家庭も二極化していて、裕福なイメージと裏腹に、その10%ほどは貧困家庭なのです」 実際、「仕事と子育ての両立」を維持している人は少ない。周教授が労働政策研究・研修機構在籍時、2011年から2018年にかけて子どものいる4000世帯を対象に「子育て世帯全国調査」を5回実施した。すると、バブル崩壊前で9割、崩壊後で7割だった正規雇用の女性の比率が、妊娠・出産後に2、3割にまで大きく下落。それが低位安定してしまう「L字カーブ」になっていることがわかった。
なぜこうなるのか。その原因は労働環境が二極化しているためだと周教授は見る。 「日本では、正社員とパートなど非正規の仕事がはっきりと二元化されています。正社員は給与が高い代わりに長時間労働に従事する必要があり、パートなどの非正規社員は給与の低い単純労働が多い。その中間がなく、ここを変える必要があります。働く時間や場所を選べるように、労働者にとってある程度柔軟な働き方を取り入れる。そうすれば、女性が正社員として継続就業しやすくなります。昨年ノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディンさんも、いち早く柔軟な働き方の重要さに注目し、男女の所得格差を縮める切り札と位置付けています。柔軟な働き方が浸透すれば、女性のキャリア形成がより進むのではないかと期待しています」