優遇しているようで実は差別的 ―― 根強い専業主婦志向を生む「年収の壁」の矛盾 #昭和98年
女性が働く時間を増やせない理由は「年収の壁」だけではないとも付け加える。その一つが、家事などの無償労働による女性の負担の大きさだ。2020年に経済協力開発機構(OECD)がまとめた生活時間の国際比較データによると、日本は男女ともに有償労働と無償労働を合わせた1日あたりの労働時間が世界で最長レベルだった。ただ、その内訳は、女性の無償労働時間が224分と、41分だった男性の5.5倍もあった。 「OECDのデータから、日本人はいまなお、会社などで長時間働く男性と、家庭で長く無償労働をする女性によって家庭をつくっていることがわかります。家庭内の構造は、製造業が産業の主体だった数十年前とまったく変わっていません。それなのに『女性活躍』や『ダイバーシティ』と言って、女性の仕事が上乗せされていく。これでは女性の負担は重くなるばかりです。まずは、家庭での家事や育児を男性にも負担してもらい、女性にかかる過度な負担を減らしていくのが重要です」 雇用や労働での性差別を禁じた男女雇用機会均等法が制定されたのは1985年。当時、専業主婦世帯は936万世帯あり、718万世帯の共働き世帯を上回っていた。その後、女性の就業率が上昇し、1990年代後半にその比率は逆転。2021年には共働き世帯が1177万世帯まで増加し、専業主婦世帯はその4割ほどの458万世帯に減少した。
白河さんは2011年12月に『専業主婦に、なりたい!? “フツウに幸せ”な結婚をしたいだけ、のあなたへ』を上梓したが、当時はまだ専業主婦願望を持つ女性が少なくなかった。だが、本が出る前年の2010年、大きな変化があったという。改正育児・介護休業法が施行され、時短勤務制度が義務化されたのだ。 「この法改正で、出産した女性は育児休暇を経て、時短勤務で職場に復帰できるようになった。やっと正社員として就業が継続できるようになったのです。2014年くらいから第一子出産後も働き続ける女性が50%を超えた。現在の20代30代はその恩恵を受けていることもあり、ともに正社員という夫婦が増えた。夫婦ともに同じくらいの額を稼ぐ、いわゆるパワーカップルの誕生です。こうした人たちに『年収の壁』は関係ありません。それ以前の世代では専業主婦を志向する女性も少なくなかったですが、いまはずいぶん変わったと思います」 そうした変化を踏まえたうえで、今後はパートで働く女性も含むすべての労働者が社会保険に加入する制度に変わっていくだろうと白河さんは見ている。 「『年収の壁・支援強化パッケージ』は、『年収の壁』をなくすために企業にお金を出しており、制度の建て付けとしておかしい。そのような不自然なやり方ではなく、将来的にはすべての労働者が社会保険に加入する制度に変更されると思います。これは労働力や社会保険料の収入を増やしたい政府にとっては都合がいいのですが、肝心の女性にとってのメリットがありません。家事などの無償労働を夫が一緒にしていくのが当たり前にならないといけないでしょう」