保育士から漁師に転職「圧倒的に気が楽」に。同僚も元警備員、介護職、シジミ研究員…
介護職、シジミ研究員…多彩な同僚たち
小笹さんがスカウトした人材は、前職が警備員や介護職、シジミ研究員など漁師とは全く違った仕事をしていた人ばかりだ。 中には保育士時代の教え子やIターンで移住してきた人もいるという。時には彼らの借金を肩代わりしたり、公的機関での手続きに同行したりもしていると話す。 そういった行動の背景には、保育士時代に周囲へ「いい顔」をしすぎて疲弊した経験がある。 「僕もそうでしたが、みんな現実から逃げてきているんですよね。本音からも、周りとぶつかることからも逃げている。けど、他人にいい顔をすればするほど息苦しくなっていって、生きるのが大変になっていく。 僕自身も、保育士時代は太陽みたいな先生であろうと頑張っていたことがあります。でもいい顔をするのをやめて、大事にできる人だけを大事にするようにしたら、すごく生きやすくなったんです。 だから『逃げるのをやめよう』とみんなにも言っています。その人のことが大事で、これからも付き合っていきたいからこそきちんと話すようにしていますね」 なぜ、そこまで他人にコミットできるのだろうか。その原点について尋ねると、小笹さんからはこんな答えが返ってきた。 「生きることは自分1人では成り立ちません。1次産業者がいて、2次産業者がいて、それをつないでくれる人がいて、と考えていくと、全部が自分につながってくる。自分は生かされているのだ、と感じることがあります。 自分が生きてる意味は、自分が携わることで人が目に見えて変わったり、 生き生きしてくれたりすることなんだと思うんです」 2024年には、30代以下の人材を8名も増やすことに成功した。現在では近隣でも最も平均年齢が若い定置網組合に生まれ変わったという。
「早いほど有利」漁師の常識覆す
小笹さんが力を入れているのは、漁の操業時間の工夫と魚自体の価値を高める取り組みだ。 「定置網は早朝3時間で操業が終わるので、『朝どれ鮮魚』というブランドで市場の初競りに魚を出せるんです。でも悪天候などで規定の時間に出港できないと市場の時間に間に合わなくなるから、漁自体を諦める人も多かった。 けど、網を何日も置いたからといって獲れる魚の量が増えるわけではないんですね。僕はその理由として、網の中に魚の群れがいるとほかの魚は入っていきにくいのではないかと考えたんです。 だから、『網の中の魚を吐かせる』というイメージで、できるだけ網の中を空にできるよう、操業できるときにするという方針に変えました」 早朝は海況が悪くても、昼に落ち着いていたらその時点で漁をする。夜のうちに網に入った魚は次の日の早朝に獲りに行く。 そうした工夫を重ねた結果、小笹さんの乗る船は出港時間が遅いにもかかわらず、2023年の水揚げ量が2017年に比べて2.5倍になった。 魚の鮮度を保つために、漁獲した直後に魚を締める「船上活締」も行う。 「魚が傷んだり、臭くなったりするのは血が原因なんです。なので船の上で血を抜くことで魚の鮮度を保つようにしています。 そういった処理をするので市場に出すのは遅くなりますが、付加価値がつくので僕たちの魚を狙い買いしてもらえることが増えています。 定置網漁はこれまで、市場に先に出したほうが絶対的に優位だと言われていました。でもそこで競争したところで、魚が美味しくなかったら意味がない。僕らがしたいのは美味しいお魚をみんなに供給することなので、そこで勝っていかなきゃダメだと思っています」 獲った魚を直接飲食店へ卸すやり方は今でも大事にしている。実際に言葉を交わすことで、相手が欲しいものや必要なものが分かるからだ。 2022年には副業として、仲間たちとM.F.F.を設立。さば塩辛「御津」などの魚介加工品の製造・販売までを手がける。 合言葉は“「獲る」漁師から「獲って売る・つくる」漁師へ”。漁をして終わりではなく、その先も担える漁師を目指して活動を続けている。 一見順調に見える小笹さんのこれまでの歩みだが、M.F.F.を立ち上げた際には失敗もあったという。 「新しい漁業のスキームを作らないといけない、という使命感に駆られてM.F.F.を立ち上げたのですが、このときに定置網組合の重鎮や有識者からの賛同をあらかじめ得ていなかったんです。 そうしたらお叱りを受けてしまって。僕は定置網組合の正社員という形で雇われていながら副業として会社を立ち上げたので、『正社員なのに何をやっているんだ』『俺たちを裏切ったのか』と言われて、泣きながら頭を下げに行きました。 でも、従来のやり方では今後この小さな漁村は成り立たなくなる。新しいスキームを作ることが必要だと感じたんです」 当初、小笹さんの取り組みはほかの漁師から見向きもされなかったという。しかし今では新たな漁業の形として、各方面から視察が相次いでいる。