没個性の品ぞろえをやめて売り上げ10倍 大手生保から転身した神保町の履物店5代目が広げた間口
売り上げ300万円のイベントも
1週間にわたるイベントの売り上げはおよそ300万円。個店レベルのものとは思えない数字ですが、SNSさえ使いこなせれば、さほど難しいことではないといいます。 「たとえば浴衣なら客単価は4万~5万円になります。300万円売ろうと思えば60人集めればいい。当店には和装に理解のあるフォロワーが3千人います。作家のファンもいますから、60人という数字は十分到達可能な数字なのです」 「コツともいえない当たり前のことですが、SNSでは単なる告知ではなく、つくり手の思いやイベントの見どころをていねいに伝え、一方通行にならないよう心がけています」 定期的なイベントの開催には作家の発掘が欠かせません。 「手ぬぐい、切子、銀線細工、陶芸、版画……。まさに百花繚乱な作家のラインアップは充子さんの人脈があったからこそ可能となりました。大和屋履物店は商材といい、作家といい、すでに種まきを済ませていました。わたしは店のすすを払ってあげるだけでよかったのです」 下駄は積まれていないと安心しない、という3代目は事あるごとに「もっと(下駄を)出せ」とたしなめるそうです。それを「すす払い」といっては語弊がありますが、船曵さんはそのたび、やんわりと受け流すそうです。
才能発掘と海外展開も見据えて
廃業する鎌倉の商店から引きとったという引き戸は、つねに開け放たれています。 「戸を開ける行為は思いのほか心理的負担があります。きちんと統計をとったことはありませんが、閉めた状態よりも入店率は確実にあがっているはずです」 その戸は、神保町のざわめきとともに通りがかりの若者も呼び込んでいます。 客層の中心が中高年の女性であることは変わりませんが、学生をはじめとした若年層も増えました。 なかにはその文化に興味をもつ若者も現れています。卒論に下駄を選び、船曵さんの口利きで工房を訪れ、取材した大学院生もいるそうです。 鼻緒をすげる「くじり」という道具が、国内では手に入らなくなるほど下駄業界は縮小していますが、船曵さんはいたって前向きです。 「もちろん小さな店にできることは限られています。製造現場に足を向けて寝るようなことはせず、できることをこつこつとやっていくだけです」 下駄の鼻緒すげは現在、3代目と4代目が担っています。その技を引き継ぐのは少し前に店に立つようになった妻の優希さんです。 3年間、がむしゃらに走り続け、売り上げはリニューアル前の10倍に伸びました。 次のステージに向けて、船曵さんは二つのテーマを掲げています。 「一つは作家の層を厚くすること。充子さんのおかげで足場は固まりましたから、今後は若い才能を発掘していきたい。もう一つは海外へのアプローチです。とくに告知をしているわけではありませんが、少なからず外国からのお客さまがいらっしゃいます。その反応がとてもいい。これからは何らかのかたちでつながりを太くしていきたいと思っています」
エディター・ライター 竹川圭