サイバートラックのはるか先を行っていた、過激なウェッジシェイプ【TXCトレーサー&アストンマーティンブルドッグ編】
この記事は【現代車で再現してほしい!可愛すぎるマイクロカー【マイクロドット&ハスラー編】】の続きです。 【画像】シンプルなTXCトレーサーか、過激なブルドッグか。あなたのお好みはどちら?(写真11点) ーーーーー ●1986 TXC TRACER(TXCトレーサー) モデル名の「TXC」が何を表すのかは不明だ。「タウンズの実験的コンセプト」とでもいう意味なのだろうか?トレーサーが世間の記憶にあまり残っていないのは残念だ。なぜなら、タウンズが手掛けた他の多くの作品と同様、このシンプルさこそが素晴らしいのだが。 前述した1979年のテムズテレビジョンの番組「Wheels』で、司会のトニー・バスタブルは、アストンマーティンがMGBの後モデルの生産についてブリティッシュ・レイランドと交渉中であるという時に言及した。彼はブルドッグのドローイングパッドを裏返してポンネットに置き、タウンズにマーカーを渡して彼の頭の中にある新しいMGのアイデアを描かせた。タウンズが描いたのは本質的にはトレーサーそのものだった。 トレーサーのプロトタイプは1986年7月に英国自動車産業の中心地、中部地方ウォリックシャーのコンプトン・バーニー・カントリーエステートで開催されたナショナル・スポーツカー・ショーで初公開された。イベント自体はそれほど注目度の高いものではなかったが、MGの後継モデルについて具体的な実行可能性について何かを示唆する結果になった。この車は単に見た目が素晴らしいだけでなく、ポンネットパネルが下がってバルクヘッドの4灯ヘッドライトが現れるなど、ブルドッグ同様のアイデアが採用されていて多くの影響を受けていたことがわかる。しかも極めて実用性が高かった。 マイクロドットと同様トレーサーのインテリアは、シートやサイドトリムなどすべてを一体成形したFRP製の填め込む型だった。ただしマイクロドットとは異なり、ペダルボックスとダッシュアセンブリー全体を前後にスライドさせることで、さまざまな身長のドライバーに対応できるようになっている。このような抜本的なアプローチの考え方は、コーリン・チャプマン風でもある。チャプマンは屋根全体をFRPで造ることを検討していたという。 トレーサーのボディ構成は、チューブラーフレームにたった7枚のFRP製外装パネルを装着するだけという非常にシンプルなものだった。ランニングギアは1982年に登場したMGメトロターボのものだった。当時、オースティン・ローバーグループのスタイリスト、ジェリー・マクガバンが手掛けた1984年MGミジェットにタウンズが敬意を表して白地に蛍光色のデイグロレッドでトレーサーを仕上げたのは明らかだ。 トレーサーは公道走行可能なプロトタイプとして製造されたものではなく、展示ホールの内外を移動することのみを目的としていた。だが、レストアを担当したCMCは、いつものように奇跡的な仕事をし、今やトレーサーは移動できるだけでなく、元々ソリッドだったサスペンション以外の部分に驚くべき進歩改良が加えられている。 ドアがないためボディサイドをまたいでシートに乗り込む必要があるため、シート材には取り外して洗えるクッションを採用している。タウンズは「Motor」誌の取材に対し、ドアがないことは1930年代のMGの基本に戻る精神の一部であり、側面衝突保護を向上させるだろう。ドアは望めばいつでも組み込むことができると語っている。また「年間3000台から5000台の生産を想定している」とも言った。さらに「3000台規模に保たれるのであれば、オリジナルのドアのないコンセプトで十分でしょう。しかし、これを理解できる外向的性格の人間が年間5000人いるかどうかは別の問題です…」と付け加えている。 車内から外を見ると、車は非常に低く、非常に軽く、非常に長く感じられる。ドライバーの着座位置はボディ全長の後半部にあり、フロントガラスの基部は、ほぼ全長の中間に位置するステアリングホイールのさらに前方約1mほどだ。軽さの印象は感触のよいステアリングによってさらに強調される。速度を上げた際のフロントエンドの浮き上がりが少し気になる。1300ccターボエンジンは確かにこの車に十分すぎるパワーを与えた。センターコンソールにある小さな動きのマニュアルギアスティックの操作とともに加速すると、左後方のエンジンルームから励ましの咆哮が聞こえる。 この車がアレック・イシゴニスのハイドロラスティック サスペンションを備え、すべての問題が解決され、“財布の軽い”若者でも買える価格で販売されているところを想像してみてほしい。ミドシップエンジンをカバーする、ヘッドレスト後方の超薄型スピードスター型ポッドがこれを100万ドルクラスの車に見せているが、製造販売されるスポーツカーの中で最も安価な部類に入るだろう。 「おかあさんは嫌がるでしょうね。でも、あなたは気に入ったでしょう?」 私はここにあるすべての車の中でトレーサーが最も好きだ。 ●1980 ASTON MARTIN BULLDOG(アストンマーティン・ブルドッグ) トレーサーがそのシンプルさにおいて高尚であるとすれば、ブルドッグはその過激さにおいて非常識だと言わざるを得ない。最高速度205mphを生み出すツインターボV8、テスラのサイバートラックを瞬時に時代遅れにするほどのレーザーエッジスタイリング。これをドライブしたことのある人はほとんどいない。つまり公道でのテストの機会を得られたのは信じられないほどの幸運なのである。 最初のハードルは当然ながら車に乗り込むことだ。右脚をLHDのステアリングコラムの下に置き、頭をルーフの下にかがめて右に倒し、左脚を引き込んでからスイッチを操作してガルウイングのパワードアを閉じる。その際、外したシートベルトがシルにぶら下がっていないかを確認しておかないと、ドアが下がった時にドアのガラスが割れる恐れがある。 CMCはインテリアをオリジナルのブラウンレザーに張り替え、素晴らしく美しく仕上げた。途方もなく複雑なパナソニック製オーバーヘッドサウンドシステムから、スイッチ類のコンピューターフォントのラベルやダッシュボードのLEDデジタル表示に至るまで、すべてが完璧だ。極端に低い車高とミドシップ・エンジンレイアウトのため、後方視界は絶望的で、そのためリアビューモニターを備える。他のすべての車と同様に、「オリジナリティが常に金科玉条」であると、リチャード・ガントレットは私に思い出させた。当然ながら、リクライニングするというよりは風呂に浸かるような感覚で座ることになるため、フロントエンドは運転席からはまったく見ることができないが、サイドウィンドウからは垂直の側面を見ることができ、Aピラーに続く三角窓を通して車幅は容易に確認できる。 サロフィムはレストア完成の翌年、世界最古の自動車コンクール、コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステにブルドッグを持ち込みコッパ・ドーロ賞をさらった。この時の受賞インタビューで、サロフィムはこの車が当初達成できなかった最高速度200mphの壁を近日中にきっと破ると断言していた。 ドライブは、そう、・・・怪物という言葉しか考えつかない。ターボチャージャージドV8は驚くほど軽く回る。アクセルペダルを軽く踏むだけで吹け上がる。そして、当然の咆哮だ。NASCARレーサーのような荒々しさはないが、紛れもなく力強い。クラッチのつながりはほとんどダイレクトであり、スムーズな発進には技術を要する。コツといえば最小限の回転域でクラッチを繋げてからパワーオンすることだ。 ステアリングも信じられないほど重い。「Car』誌のメル・ニコルズも1980年にマロリーパークサーキットで短時間ドライプした後、同じ意見だった。しかし、一旦走り出して道が開ければ、すべてが調和し、ブルドッグはうなり声をあげるのをやめる。そして、従順なペットではないにしても、少なくともコマンドに従うペットになる。乗り心地は悪くないが、サスペンションの移動量が非常に限られており、車高も非常に低いため、高速走行中は突然の悪路などを注意深く見つける必要がある。 この車はジェット戦闘機並みにとんでもなく速い。頭の直後で轟音を立てるV8エンジンは車体を前に押し続け、デフの上下動がないド・ディオン アクスルの採用で車体は非常に低く、路面追従性は素晴らしく少なくとも乾いた路面では無敵に感じられる。1速が左手前に設置されたドッグレッグの5段型ギアボックスはシフトにミスが少なく、コンパクトなステアリングホイールは低速での重さを忘れさせ、適切な感触とフィードバックを提供する。ただし、ブレーキには注意が必要だ。最初の柔らかさは突然、瞬時の効きに変わり、その後、ブレーキがどれほど強力であるかを情け容赦なく認識させられることになる。 リチャード・ガントレットは、2022年6月のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードからブルドッグで帰宅の際、高速道路での渋滞やスピードバンプのある狭い道への迂回など、誰もが嫌がることすべてを味わう悪夢のような旅になってしまった様子を回想する。しかし今回の試乗ではブルドッグは見事な対応を見せ、特に現代のように高速で流れる一般道路では、驚くほど優れていると感じた。 1970年代後半のウィリアム・タウンズとアストンマーティンのエンジニアたちの自信は、45年を経た今、完全に立証されたようだ。 編集翻訳:小石原耕作(Ursus Page Makers) Transcreation:Kosaku KOISHIHARA(Ursus Page Makers) Words:Mark Dixon Photography:Jordan Butters 取材協力:ベッドフォード公爵、CMC クラシックモーターカーズ社、フィリップ・サロフィム、リチャード・ガントレット、リジー・カリス、デイビッド・バージリー
Octane Japan 編集部