「さらばモデル年金」誰も知らない財政検証の進化
■労働力希少社会における年金の増やし方 日本の労働市場は大きな構造転換の渦中にあります。長く労働市場が弛緩しているために賃金が上がらない状況から、労働市場が逼迫した労働力希少社会を迎えています。 そうした中、2024年10月1日の適用拡大の直前に開かれた社会保障審議会年金部会で配布した資料を紹介しておきます。『女性セブン』の特集「いますぐ厚生年金に入りなさい」です。そこで、次のように話しています。 権丈さんは「厚生年金に入れる仕事に転職するのも1つの手」と話す。
「いずれ撤廃される見込みとはいえ、いまの仕事が非適用業種だったり、規模要件外だったり、加入するまでに時間がかかりそうであれば転職するのも悪くないでしょう。いまは人手不足なので、厚生年金完備のより条件のいい仕事に就ける可能性も少なくありません。 前述の通り〝年収の壁〟を気にして第3号でいるよりも、事業主が保険料を半分払ってくれてお得な厚生年金に加入できる働き方をした方が、老後資産だけでなく、生涯の収入も圧倒的に増やせるのです」(権丈さん)
こうした話は、労働市場が弛緩していたときにはまったく意味のない話でした。しかし今は違います。被用者保険を完備、いわゆる社保完備でないと人を雇うことができなくなりつつあります。市場は、時に、すばらしい力を発揮してくれるものです。この『女性セブン』を配布した日の年金部会では、次のような話をしていました。 権丈委員 今、労働市場でいろいろと興味深いことが起こっていて、最低賃金の世界では目安50円よりも9円上げて59円とした県が公労使の全会一致で採決されたり、目安よりも34円も上げた県で使用者側の賛成者がいるかと思えば、一方で労働者側の反対者もいたりする。今までは考えられないようなことが起こってきているわけです。
何が起こっているのかというと、労働市場が緩んでいた、弛緩していた状態から、逼迫した状態に転換してきたことが大きいと考えています。 われわれの用語で言えば、無制限労働供給を意味する水平的な労働供給曲線が反時計周りに回転し始めて、労働力が希少な社会に入ってきた。これは企業、特に中小企業が生き残る戦略を180度転換させます。 たとえば、無制限労働供給の時代には、企業へのコンサルは、社会保険料を払わなくてもすむ方法や、法律に抵触しないで賃金を下げる方法をアドバイスするのが顧客の企業が生き残るための有益なアドバイスになりえました。
ところがフェーズが変わって労働力希少社会に入ると、・・・顧客である企業が生き残るためには、労働者に魅力のある職場のつくり方とか、被用者保険の適用は労働条件のミニマムですよと、少々厳しいことを言うことのほうが、本当は企業に優しい有益なアドバイスだということになる。・・・アダム・スミスはこうした市場の力を高く評価していたわけで、私もこの点は市場はすばらしいと思っています。 労働市場が逼迫して労働力希少社会に入った今の局面で大切なことは、そうした市場の力を削ぐ政府の介入を許さないことになります。
権丈 善一 :慶應義塾大学商学部教授