不定期に起こる強い拒絶反応。虐待の後遺症に悩まされていた時「君を治せる」と断言する大学生に出会った
父親による性虐待、母親による過剰なしつけという名の虐待を受けながら育った碧月はるさん。家出をし中卒で働くも、後遺症による精神の不安定さから、なかなか自分の人生を生きることができない――。これは特殊な事例ではなく、安全なはずの「家」が実は危険な場所であり、外からはその被害が見えにくいという現状が日本にはある。何度も生きるのをやめようと思いながら、彼女はどうやってサバイブしてきたのか?生きていく上で必要な道徳や理性、優しさや強さを教えてくれたのは「本」という存在だったという。このエッセイは、「本」に救われながら生きてきた彼女の回復の過程でもあり、作家の方々への感謝状でもある。 * * * * * * * ◆不定期に起こる性行為中のパニック症状 父親からの性虐待、母親からの身体・心理的虐待を長年受けた結果、後遺症に苦しめられ、二度目の家出をしたのち、私は荒んだ生活を送っていた。そんな時に出会い系サイトで偶然出会った大学生から言葉をかけられた。 「俺、大学で心理学を学んでいるんだ。だから、俺なら君を治してあげられると思う」 男は、あどけない顔でそう言った。正確には、「君」の部分に私の実名を入れて、さもそれが実現可能であるかのようにきっぱりと言いきった。私の過去を知り、「救いたい」とか「守ってあげたい」とか言う人間は山程いたが、「治してあげられる」と言ったのは、この男がはじめてだった。 父親からの性虐待、母親からの身体・心理的虐待を長年受けた結果、後遺症に苦しめられ、二度目の家出をしたのち、私はわかりやすく荒んだ生活を送っていた。 寂しさを持て余し、そのくせ誰のことも信用しない私は、隣に誰かがいる時間さえ、心に穴が空いたままだった。ほのかに「好きだ」と思える人に巡り会えても、長続きはしなかった。その原因の一つは、私が「性行為中にパニックになる」ことだった。
◆あの男と出会った パニックがいつ起こるかは、私自身にも予測できない。連続して大丈夫な時もあれば、同じく連続してダメな時もあった。性行為直前に漂う湿った空気が、突如私の悲鳴で切り裂かれる。その衝撃を受け流せる人は、決して多くなかった。 実父から性虐待を受けていたことを話せば、多少の理解は得られたかもしれない。だが、私はそれをどうしても知られたくなかった。そのため、「昔嫌なことがあった」という言い方で濁していた。 誰も彼もが、最初は私に寄り添う姿勢を見せた。しかし、事が度重なるたびに労りの表情は気怠げに変化し、最終的には「疲れた」と言い残して去っていった。無理もない、と思った。誰よりも、私が一番、私という人間に疲れていた。 いっそ生活のすべてをひとりで完結させてしまえたら、どれほど楽だろう。そう思う一方で、私は“ひとりの夜”が怖かった。夜になると、足音が聞こえる。床の軋む音が聞こえる。酒臭い父の息が、眼前に迫ってくる。 思い出すたび芽生える殺意は、行き場を無くして私の中に降り積もっていった。そんな時、あの男と出会った。穏やかな笑みをたたえた男だった。