不定期に起こる強い拒絶反応。虐待の後遺症に悩まされていた時「君を治せる」と断言する大学生に出会った
◆無理やり引きずり出された過去 薬を飲み、ベッドに横たわっているうちに、意識が朦朧としてきた。1錠のみならず、数錠の安定剤を飲み合わせていたのだから無理もない。ましてや、医師ではなく素人の処方である。飲み合わせに禁忌が混ざっていれば命に関わることもある。 それでも、私は彼の指示に従った。私はSを愛してはいなかったが、何事もきっぱりと言い切る彼の物言いは好きだった。一切の迷いや躊躇いがない口調は、私を安心させた。 自ら考え、何かを決めることが極端に苦手だった。余計なことを考えず、心を無にしてやり過ごす。言われたことだけを従順に、それ以外は何もせず、返事は「イエス」のみ。 ずっとそうやって生きてきたのに、社会に出た途端「自分で考えて決めなさい」と言われても戸惑うばかりで、いつも誰かが何かを決めてくれるのを待っていた。決断を間違えれば、制裁が加えられる。それが怖くて、責任から逃げるのに必死だった。 Sは、私から「思考」を奪った。何を聞いても言いよどむことなく、淡々と簡潔な答えを放つ彼は、まるで辞書のようだった。だが、残念なことに、彼の答えは辞書のように正確ではなかった。
◆僕はいつまでも待つよ 彼は、私から過去を引き出すことに躍起になった。何をされたのか、どの場所で、どんなふうに、どれくらいの時間をかけて、どの部位をどの順番で触られたのか。彼の口調はやさしく、詰問調ではなかったことが、私の判断を鈍らせた。 酷いことを聞かれている。酷いことをされている。痺れた頭の片隅でぼんやりとそう思ったけれど、薬がもたらす眠気は、かすかに芽生えた抵抗心をあっさりと踏み倒した。 彼は、私が発する言葉を都度ノートに書き留めた。昔からよくある大学ノートにペンを走らせる彼の姿は、勤勉な学生そのものに見えた。彼は決して大きな声を出さず、肉体的な暴力も振るわなかった。ただ、質問に「答えない」ことだけは、許してくれなかった。 「思い出すのは辛いよね。言いたくないと思う気持ちもわかるよ。でも、起きた事実を知らないままだと治療はできないから、君が答えられるまで、僕はいつまでも待つよ」