冨安健洋が明かす「日韓戦エルボー事件」の真相
3月シリーズ中で初めてメディアに対応した27日も、インスタグラムを介して見せた、動揺の素振りすら感じさせない大人の対応を質問された。答えのなかで「相手選手の反応からしても、わざとじゃないと実際に感じていました」とした上で、冨安は意外な舞台裏を明かしている。 「ひじ打ちされる前に相手のスローインになっていましたが、ちょっかいを出すという言い方はちょっとあれですけど、相手を上手くコントロールするために、駆け引きのところで手を使って、ということを僕がやっていたので」 実際に映像を巻き戻してみると、韓国のスローイン直後に、ペナルティーエリア内で冨安がイ・ドンジュンの背中に右手を伸ばしている。直後にイ・ドンジュンが振り回した左手が冨安の顔面にヒット。驚いた様子のイ・ドンジュンは振り向きざまに、冨安の状態を案じるように近づいている。 東京五輪世代となる24歳で、日本戦でフル代表デビューを果たしたイ・ドンジュンが見せた一連の行動が、冨安をして「相手選手の反応からしても、わざとじゃない――」と言わしめた。オンライン取材の質疑応答のなかで、冨安はさらにこんな言葉も紡いでいる。 「おそらく僕の腕を振り払おうとして、それが僕の歯にたまたま当たっちゃったと思っています。試合が終わってすぐに『ごめんね』と(イ・ドンジュン選手から)メッセージも来ましたし、なので別に気にはしていないですね。サッカーではよくあることだと思っているので」 プロの第一歩を踏み出したアビスパ福岡からシント・トロイデン(ベルギー)を経て、ボローニャへ加入して2シーズン目。守備の文化が色濃く脈打つカルチョの国で、冨安はこれまでの自分にはなかった項目をプレースタイルの一部に書き加えようとしている。 「手を使って相手のフォワードをコントロールすることを、いまは意識してやっているところです」 コントロールするとは、要はマークする相手選手をいらつかせ、場合によっては怒らせながら、正常なメンタルでプレーできない状態に導く作業を指す。そのために、もちろん反則にならない範囲で巧みに手を使いながら、冨安自身が思わず言及した「ちょっかい」を出していく。 おそらくはヨーロッパへ挑戦の場所を求めた2018年1月から、特にイタリアの地で狡猾な駆け引きを何度も目の当たりにしてきたのだろう。セットプレーで攻め上がるときには冨安自身も、何度も「ちょっかい」を出されていたはずだ。我を忘れたイ・ドンジュンが振り回した左腕は、南米独特のずる賢さを表す「マリーシア」にも通じる冨安の術中に、まんまとはまった証と言っていい。 身長187cm体重84kgのサイズを生かした、空中戦を含めた対人守備の強さとセンターバックに求められるビルドアップ能力だけではない。日本人選手に欠けているとよく言われてきた、相手の感情をコントロールする術をも吸収したいと望む貪欲な姿勢に、フル代表とU-24代表を兼任する森保一監督も全幅の信頼を寄せ、代役のきかない存在として3月シリーズでもフル代表に招集した。
「森保さんからの信頼を感じていますし、その信頼にしっかり応えていきたい。常に全力でプレーして相手を無失点で抑えることで自分の価値を証明しながら細かい部分を、試合のなかでも自分の意見をぶつけて、相手の意見と交換しながらディスカッションしていくいい関係性を作っていくなかで、僕たちに一番合っているやり方というものを見つけ出していきたい」 今後への抱負をこう語った冨安は22歳とは思えない、泰然自若とした貫禄をも漂わせながら、東京五輪経由で目指すカタールの地への通過点となるモンゴル戦へ、心と体を万全な状態に仕上げていく。 (文責・藤江直人/スポーツライター)