皇后さまの言葉に背中を押された外交官、そして大統領は決断した 移民社会は分裂、ドミニカ共和国の日系「棄民」の65年(後編)
約束を反故にされ、ドミニカ共和国で荒れた土地しか得られなかった日系移民は祖国にも帰れず、自らの手で未来を切り開くほかなかった。移民の苦難に心を寄せた皇后美智子さま(現上皇后)のひとことに背中を押され、ある外交官は「問題は決着済み」とした日本政府の立場を乗り越えて奔走した。移民受け入れ国としては異例の補償を決めたドミニカ共和国の大統領は何を思ったのか。65年に及ぶ長い道のりを証言でたどった。(共同通信・前サンパウロ支局長=中川千歳) 【写真】天皇は、沖縄の「本当の日常」にはちっとも近づいていないのでは? 「弱い者に寄り添う皇室」そんな言葉が、虚しいもののように… 「世界一危険な米軍基地」から爆音が消えたのはなぜか? 天皇陛下の沖縄訪問に勝手に「同行」、天皇が見たのは沖縄の「非日常」だった
▽天皇、皇后両陛下とのお茶会 2016~2021年に駐ドミニカ共和国の日本大使を務めた牧内博幸(まきうち・ひろゆき)氏は、就任以来、日本人・日系人と接するたびにこの土地問題が依然根の深い問題であることを知り、解決の道を模索した。 日本外務省は2006年に謝罪談話と1人最高200万円の特別一時金の支給を示した政治判断をもって「やるべき手は尽くした」との立場だった。 だが2016年夏、赴任直前に、特命全権大使として天皇陛下の認証を経た後、天皇皇后両陛下(当時)に皇居での茶会に招かれた牧内氏は、皇后さまに「移住された日本人の皆さんは、入植直後から大変ご苦労されたと聞いております。今皆さんはお元気でしょうか」と尋ねられた。また、この約10日後に皇太子ご夫妻(現・天皇皇后両陛下)に東宮御所に招かれた際も、日本人移住者の話題が出た。 牧内氏は着任から1年半ほど後の2018年3月、行動を開始した。ドミニカ共和国のような大統領制の国では直接大統領と話して解決することが最短の道だと考えた。当時の中道左派、ダニロ・メディナ大統領との面会の際に、移住者の土地の問題を話題にしたが、話はそれ以上進まなかった。
2020年7月の大統領選で中道左派の野党、現代革命党の実業家ルイス・アビナデル氏が初当選(2024年5月再選)し、政権交代が起きた。 ▽天井を見つめた大統領 政権関係者と親交を深めていた牧内氏は2020年10月、アビナデル氏と面会し、日本人移住者の土地の補償問題について持ちかけた。 アビナデル氏は天井を見つめ、しばし考えていたが、やおら口を開いた。「実は私はこの土地問題について、今話を聞くまで何も知らなかった。我が国に最も協力してもらっている日本から来て、勤勉に働いてきた日系人にとって大事な問題だ。それは共和国政府が解決すべき問題だ。なんとか解決しよう。日系人の皆さんが金銭的補償を希望するなら、その方向で解決策を見つけよう」 アビナデル氏は同席のミゲル・ヌニェス外務官房長に数カ月内に解決するよう具体的な指示を出した。ヌニェス氏が大の親日家だったことなども解決に向けた動きの助けとなったと牧内氏は考える。