46歳で「司法試験合格」を目指した作家が7年の時を経て合格するまでの「苦悩」のすべて
<ノンフィクション作家で、開高健ノンフィクション賞受賞者の平井美帆氏。このたび、7年に及ぶ「死闘」の末、司法試験に合格した。なぜ40代半ばで司法試験合格を目指したのか。最難関の試験にどうやって合格できたのか。全てを赤裸々に明かすルポの第一回――。> 【マンガ】夫の死後、5200万円を相続した家族に届いた税務署からの「お知らせ」
〈終わった、やった……。〉
2024(令和6)年11月6日、午後4時すぎ。法務省の司法試験の合格発表掲示板前。 受験番号「02002」が目に入った瞬間、体の芯から熱いものがいっきに込み上げた。そこからは涙がとまらず、人の輪から離れても私は泣き続けた。これほどまでに人前で泣いたことは大人になってからは記憶にない。ついさっきまでは、日比谷公園の美しい黄色のイチョウ並木を見ても、ただただ息苦しく、顔をこわばらせていたのに――。 〈終わった、やった……。〉 およそ7年に及ぶ受験生活に終止符を打ち、新しい扉を開いた瞬間だった。
決断の理由
私が司法試験をめざしたのは46歳のときだ。きっかけ自体は、高尚なものでも何でもない。そのころ、私はノンフィクションライターをしながら、派遣社員としてあちこちの企業を転々としていた。書きたいテーマを書き続けるためにも、生活費はできるだけ安定的に稼がねばならない。31歳でアメリカから帰国して以降、基本的にこのスタイルでやってこれたし、これからもやっていけるだろう。 長らくそう思っていたものの、人生の折り返し時点を過ぎたころから、途方もない虚無感に襲われた。 同世代を見渡せば、正社員として安定した生活を送り、配偶者、子どもがいて、自分の家がある。さらには犬などのペットがいる。ひるがえって自分には……、何もないではないか。派遣、独身、賃貸のひとり暮らし。すべてが不安定で先行きがわからない。 人生の後半を見据えたとき、ふと自分が得られなかったものの穴埋めをしたくなった。 この話を30代の独身・女性編集者に話すと、「あー、なるほど。平井さんでも来るんですね」と彼女は妙に納得していた。だが、それでも不思議そうな顔をしてこう訊ねてきた。 「それにしても、なぜ、司法試験なんですか?」 「無理くらいがちょうどいいんですよ」 私の答えに彼女は笑い出した。 「イチかバチかがいいんです。勝つか負けるか」 私は真顔で答えた。何もない自分の不安な人生をひっくり返すには、それくらい困難な挑戦が必要だった。もちろん、これまでも、弁護士資格を取得すれば、執筆活動とはまた別のかたちで社会に問題提起していけると考えたこともあったが、その程度では司法試験に挑む気持ちには至らなかった。