名将クロップがパラリンピックで涙 敗れた元サッカー選手・親友ツィースのプレーに感動「裏には大いなるストーリーがある」
昨季限りでリバプールの監督を退任し、現在はフリーのユルゲン・クロップ氏が、パラリンピックのSL3バドミントンに出場した友人ヴォイテク・ツィースの応援に駆けつけ、その奮闘に感動して涙を流した。英紙『ガーディアン』などが報じている。 【画像】エアコンなしの質素なデザイン? パリ五輪選手村の全容をチェック ポーランド生まれのツィースは2001年、ドイツのフォルトゥナ・ケルンでプロフットボーラーとしてプレーしていた頃、試合中に相手GKとぶつかってひざに重傷を負い、その後の治療が遅れた結果、膝下を切断して義足をつけるようになった。その後、カイザースラウテルンで義足をつけてプレーし、親善試合でクロップが率いていたマインツと対戦。時は流れて2015年、ふたりはリスボンでたまたま再会し、親しい間柄になっていったという。 「彼(ツィース)は(良い意味で)クレイジーにすぎる」とクロップ氏は、バドミントンの試合に敗れた友人について語った。「私には勇気がなくてできないことを、彼はずっとやっているんだ」。 ツィースは義足をつけるようになってからもスポーツへの情熱を失わず、2004年のパラリンピックではF42/F44走り幅跳び、T42 100メートル走と200メートル走で金メダルを獲得。2008年大会でも金メダルをひとつ、2012年大会では銀メダルをひとつ、銅メダルをふたつ手にしている。 エネルギーに溢れるツィースはその後、妻とふたりで双胴船に乗って世界中を航行し、自ら製造した義足を主に発展途上国の人々に寄贈する活動をしている。渡航先のニュージーランドでマヌカハニーを製造する会社を作り、今回は同国代表のバドミントン選手としてパリ大会に出場した。 「(ツィースが出場した試合を観戦して)最高だったよ」とクロップ氏は続ける。「彼の素晴らしい妻エレナと一緒に見ながら、私たちの目から涙が流れた。スポーツでは常に結果や勝利が語られるものだが、その裏には大いなるストーリーがある」 ツィースはクロップ氏が観戦に訪れたことを、次のように喜んでいる。 「ユルゲンは家族だ。彼がここに来たいと思ってくれたことが素晴らしい。それは私だけのためではない。ユルゲンがここにいることで、パラリンピックとパラスポーツが素晴らしいものだと、世界に発信してくれているのだから」 [文/構成:ココカラネクスト編集部]
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