『難病ALSと闘うDJ』24歳で診断受け、一時は「生活に支障が出るほど気力なくした」 47歳の今、自身の生きざまを音楽で届ける「病気で悩む人たちに前向きになってほしい」
杉山さんの経験を伝える「詞」をイベントで披露することに
今はALSについて広く知ってもらうための、音楽イベントも主催しています。 取材した日は、1か月後に迫ったイベントの打ち合わせです。杉山さんは自分の経験を伝える詞を披露することにしています。一緒にイベントを企画する友人・小澄源太さんから作詞を勧められたことがきっかけでした。 (小澄源太さん)「ハートがすごく熱くて。意志力がとても強くて、そこにほれていて。それを俺だけじゃなくてみんなに伝えたいと勝手に盛り上がった」 これまでを振り返り、何度も練り直した詞には、ALS患者の誰もが抱く複雑な思いが綴られていました。
高校時代に野球部で苦楽を共にした友人との再会
杉山さんの高校の同級生、美容師の森竜司さん。同じ野球部で苦楽を共にしました。 (森竜司さん)「野球部は基本ダサいんですけど、ジャージしか着てへんし。でも俺と杉山はイケてたな。イケてた部類やな」 杉山さんがALSになったあと、7年前に再会しました。 (森竜司さん)「弟くんと一緒に店に来たときにこの状態を初めて知って、正直涙が止まらなかったです。涙こらえながら仕事した。杉山はわかっていたと思うけど。僕も知らないから心無い言葉じゃないですけど、『終わったら飯行こうや』『ラーメン行こうや』とか(メールで)普通に言ってたので。でも、来た瞬間に『そうなんや』となって涙が止まらなかった」 それ以来、月に1度のペースで杉山さんの自宅まで髪を切りに来ています。 (森竜司さん)「音楽やDJの作業を通して、こういう自分の状態を『でも頑張ってんねんぞ』とアピールしている。かっこいいと思います。さすがリリーフエース」
願うのは「病気や障がいで悩む人たちが前向きになること」
11月10日、杉山さんが主催する音楽イベント「THE SUN ALSo RISES」当日です。 会場には音楽好きやALSの当事者など100人近くが集まりました。 そして杉山さんが書いた詞、「生きろ」の披露です。 詞に託したメッセージが広く伝わるように、パソコンの音声ではなく知人のラッパーに歌ってもらうことにしました。 【杉山さんの詞】 容赦ない24時間 家族への介護負担 進行する病状への恐怖 それに耐えうるのは精神力 日本は一度呼吸器付けると 死にたいと思っても外せない現状 結果約7割 尊厳死選択する現状 それでも俺は生きたいんだ 愛する人と生きてるんだ それでも俺は生きたいんだ 愛する人と生きてるんだ 今はそう思えるんだ だから俺は生きている やりたいこともたくさんある 信頼できる仲間がいる 自分の限界自分で ぶち壊しに来たぜ 想像を遥かに超えた 未来に会いに 「やれるところまでやる」杉山さんは自分の生きざまを見てもらうことで、病気や障がいで悩む人、心が弱っている人たちに前向きになってほしいと願っています。 (杉山さん)「イベントに来てくださった皆さんが『なんか元気もらったわ』と、前向きな気持ちで帰っていただけるイベントになっていたら幸いです。最後はタモさん的な『アレ』で締めたいと思います。いきますよ。来年もまた来てくれるかな」 (集まった人)「いいともー!」 (2024年11月26日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」内『特集』より)