元ホンダ技術者・浅木泰昭氏が語るシーズン後半の展望! "優勝請負人"ニューウェイの移籍先、その本命は!?
■マクラーレンに必要なのは"いやらしさ" ――ドライバーズ選手権は、首位のフェルスタッペンとランキング2位のノリスとのポイント差は78点差です。ここも逆転可能だと見ていますか? 浅木 中盤戦に入ってからはマクラーレン2対レッドブル1という戦いの構図になっていると話しましたが、この有利な状況を生かした戦い方を本当にやってくるのかどうか。例えば、ピアストリのピットインのタイミングをずらして、フェルスタッペンの前に出して抑え役にさせて、ノリスを先行させるとか。そういう"いやらしい"戦い方に出てくると、レッドブルは苦しいですね。 でも今シーズンのマクラーレンは、ピアストリをサポート役にして勝ち切ったことが一度もありません。だから現在のポジションに収まっているともいえますが、マクラーレンとノリスが逆転でタイトルを獲得するためには、そうした戦い方も必要になってくると思います。 ――それ以外で注目のチーム、ドライバーはいますか? 浅木 ドライバーは個人的に前半戦で2勝を挙げたハミルトンに注目しています。現在ドライバーズランキング5位のハミルトンはすでにタイトル獲得のチャンスはないと思いますが、勝てるというスイッチが入ったときのハミルトンはさすがだなと改めて感じています。来年フェラーリへ移籍が決まっている彼が後半戦、メルセデスで何度勝利をするのかも見どころだと思います。 26年からホンダとパートナーシップを組むアストンマーティンがちょっと元気ないのは心配です。レッドブルから空力担当のスタッフが移籍して、昨シーズンはそこそこ戦えるマシンを作り上げましたが、その後の開発がうまくいっていないように見えます。そのアストンマーティンにはニューウェイが移籍するとも噂されていますが、彼がどこに就職するのかも気になりますね。
■"優勝請負人"ニューウェイの移籍先は? ――ニューウェイはレッドブル、マクラーレン、ウイリアムズなどで数々の勝利とタイトルを獲得している"優勝請負人"です。アストンマーティンやフェラーリなど、多くのチームが獲得に動いていると噂されています。 浅木 フェラーリも巨額のオファーを出したという噂も出ていますが、ニューウェイはすでに栄誉もお金も手にしています。今さら金で動くことはあり得ないでしょう。それよりも思い通りの環境で仕事ができるのかどうかが決め手になると思います。 フェラーリは長い歴史がありますし、注目度も高いチームです。レッドブル時代のようにプレッシャーがかからず自由に仕事ができる環境かといえば、なかなか難しいと思います。それにニューウェイは現在65歳。私は同世代の人間として、今さら家族の住む母国イギリスを離れて、イタリアで生活するのかなあ......と感じます。 レッドブルに19年間在籍したニューウェイは、オーナー社長がいる組織の良さを知っていると思います。マテシッツやローレンス・ストロールのような絶対的な権力を持つリーダーがいる組織は、周囲の雑音を気にせず、勝利のために集中して仕事に取り組める環境があります。 たとえ結果が出なくてもリーダーが自分でお金を出していますし、周囲がF1で勝つという強い意志や情熱を感じとっていますので、まず揉め事が起きません。しかもアストンマーティンはイギリスに開発拠点を置いていますし、ニューウェイにとっては最適の環境のように見えます。 ――2026年からアストンマーティンはホンダと組みます。ホンダの存在がアストンマーティンにとってはニューウェイ獲得の大きなカードになるのではないですか? 浅木 それは私にはわかりませんが、ニューウェイはホンダに対して信頼感はあると思います。レッドブルはルノーが自分たちでチームを所有して参戦する2016年シーズン以前はワークス待遇でしたが、2019年にホンダと組む直前まではカスタマー契約でした。ルノーとレッドブルはライバル関係でもあったので、レッドブルがこういう車体設計をしたいからPUを変更してほしいとリクエストを出してもなかなか対応してくれなかった部分があったと思います。 でも、レッドブルがルノーと別れ、ホンダとパートナーシップを組んだとき、ホンダのスタッフはニューウェイを始めとする車体屋のリクエストに対して一生懸命に対応してきました。ニューウェイの移籍先は、シーズンのどこかのタイミングで明らかになるでしょう。それも後半戦の大きな注目ポイントかもしれません。 ●浅木泰昭(あさき・やすあき) 1958年生まれ、広島県出身。1981年、本田技術研究所に入社。第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得する。2023年春、ホンダを定年退職。現在は動画配信サービス「DAZN」でF1解説を務める。著書に『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)がある。 インタビュー・文/川原田 剛 写真/樋口 涼(浅木氏) 桜井淳雄(F1)