東大のサブマリン渡辺向輝、確かな成長 父俊介さん「自分を見失わずに」
2025年に連盟結成から100年を迎える東京六大学野球。大きな節目となる年に神宮球場を沸かせそうな選手の一人が、東大の渡辺向輝投手(20)だ。東京の海城高から現役で入学し、現在農学部の3年生。元プロ野球ロッテの投手で、球界屈指の「サブマリン」(下手投げ)として鳴らした渡辺俊介さん(48)=日本製鉄かずさマジック監督=を父に持つことも広く知られている。息子も同じアンダースローだ。 今春のリーグ戦では短いイニングの救援専門だったが、秋は投手陣の柱に定着。全カード、計6試合に先発してリーグ戦初勝利も挙げた。167センチ、60キロの右腕。これから一冬を越え、頼もしく揺るぎのないエースへと躍進が期待されている。(時事通信社 小松泰樹、石川悟、古沢旭、七宝峻) 【写真】東大・渡辺向輝の投球フォーム ◆ほろ苦い先発デビューを糧に 目を見張る成長ぶりだった。この秋、黒星先行の1勝4敗とはいえ、2完投、36回3分の1を投げて防御率3.72。前半の3試合で2度、4回持たずに降板したが、その後はしっかりと試合をつくった。伏線は今春の内容。8試合に救援して計11回を投げて防御率2.45とショートリリーフで安定感を示した。「春が終わった段階で、秋は先発に入ってもらおうと思った」と大久保裕監督。「(秋に向けた)オープン戦でも結果を出したから」と先発陣に抜てきした。 先発デビューはほろ苦かった。9月15日の早大2回戦。一回は無失点に抑えたものの、二回に味方の失策もあり7点を失い(自責点3)降板。後に楽天からドラフト5位で指名される吉納翼(4年、東邦)には2ランを許した。「5~7回を3失点くらいのイメージで、と思ったが、やはり練習試合のようにはいかない」と反省し、「配球やパターンをうまく変えて、何イニングでも投げたい。(球数を)いくら投げても大丈夫」と前向きに語った。次の明大戦で、それを実践した。 9月21日、今度は1回戦で先発。明大の藤江星河(4年、大阪桐蔭)との息詰まる投手戦となり、渡辺は8回を投げ、ちょうど100球、4安打に抑えて無失点。0-0のまま降板した。「ストライク先行で勝負できた。前回はストレートしかゾーンに入らない状態で、そこを狙われた。今週までに、全ての球種で(狙い通りにストライクを)取れるように修正した」。早大戦を糧に、翌週のベストピッチングへとつなげた。 ◆宗山「見たことのない軌道」 注目の宗山塁(4年、広陵)との対戦は、最初の打席で死球を与えたが、続く2打席は無安打(遊飛、二ゴロ)に抑えた。ドラフト1位指名に5球団が競合し、楽天入りする逸材への対策は「打球を(外野に)上げさせないことに気をつけた」。その宗山は、渡辺の球筋を「なかなか見たことのない軌道」と評した。具体的な攻め方を、渡辺が説明した。直球以外の持ち球はカットボール、スライダー、シンカー、カーブ。宗山にはカーブを除く球種を駆使した。「甘い球をフルスイングして長打を狙っている感じがした。狙い球を変えたことで、(タイミングを)崩してくれた感じ」 試合は九回、明大が宗山のソロ本塁打を口火にこの回大量10点を奪って勝利。勝ち星こそ得られなかった渡辺だが、自信を深める8回無失点だった。直球は球速がほぼ110キロ台。それを「カット気味、シュート気味と投げ分けている」。冬季練習で「200球を週に3回、計600球を投げ込んだ」。そこで養った肩のスタミナを基盤とし、春から段階を経て秋に先発で一本立ちした印象だ。 ◆清原には一発を献上 1週空いて、10月5日の慶大1回戦で先発。雨でぬかるんだマウンドにも苦しみ、四回途中まで投げて4安打4失点で負け投手に。2回戦で鈴木太陽(4年、国立)がリーグ戦初勝利を完投で飾り、同7日の3回戦で再び渡辺が先発した。 三回までは無失点。だが、その後は清原正吾(4年、慶応)に先制ソロと適時打を打たれるなど六回途中まで8安打3失点。東大はそのまま0―3で敗れ、渡辺に黒星が付いた。清原の父は言わずと知れた元西武、巨人などの和博さん。著名な元プロの「二世対決」にも屈した形となった。 ◆151球の初完投、初勝利 続く法大戦は10月13日の2回戦に先発。渡辺は序盤の三回までに2点を与えたが、四回以降は0を並べていった。2―2の九回、東大が門田涼平(2年、松山東)の適時二塁打でサヨナラ勝ちし、渡辺にリーグ戦初白星をもたらした。151球の初完投。9安打を許し7四死球ながらも粘り強く投げた結果、ご褒美が待っていた。 球数が多く、再三走者を背負ったものの要所を締めた。渡辺は試合後、打者への攻め方を的確に解説した。「基本的にはスライダーとシンカーの2球種で戦っていた。相手打線の目が両球種に慣れてきて、待たれ始めた時、ストレートであったりカーブであったり。別の球種も選択肢として冷静に出せたことが、狙い球を絞らせなかった要因だと考えている」 ◆父のアドバイスに感謝 球速はこの試合も、主に110キロ台。130キロ近くは出せるそうだが、「110キロ台をしっかりと打ちづらいコースに投げて、フライを打ち上げてもらう。そういう狙いがある」。慶大戦の反省も踏まえ、内角を突くことも意識した。 スタンドでは父の俊介さんが観戦。渡辺は春を含めシーズン中の取材で、父の助言などにはあまり耳を傾けないことを口にしていた。ただし、この日は「慶大戦の後にアドバイスしてもらった成果が明らかに出たので、今回は感謝しています。高めのシンカーの使い方ですね」。もっとも、初勝利のウイニングボールを渡すのか? との問いには「いや、自分で保管します」と答えた。 ◆逆転サヨナラ弾を浴びて 2週後、東大にとって最後のカードとなった立大戦。10月26日の1回戦に先発した渡辺は、ここでも好投した。竹中勇登(3年、大阪桐蔭)と投げ合い、七回まで0-0。八回に後攻の立大が均衡を破ったが、東大が九回に2点を奪って逆転。渡辺に2勝目が付くかと思われた。しかし、その裏、先頭から2人を打ち取り「あと1人」で四球。続く柴田恭佑(4年、東明館)に逆転サヨナラ2ランを浴びた。「(打たれたのは)シンカー。捕手の要求通りに投げられたと思う。相手がうまかった」 初勝利と真逆に近い展開の黒星となった。「きょうは全体的にはストライクも取れて、打たせて取る投球ができた。直球とスライダー、シンカーをちりばめ、相手打線の様子をうかがいながら。ひたすら耐えて投げ、先制されたけれども逆転してもらって。自分の投球がチームの勝敗に直結するんだなと、改めて感じた」。主戦投手としてマウンドを守る責任感が身に染みるような、法大戦の「サヨナラ勝ち」と立大戦の「(逆転)サヨナラ負け」。両方を完投で体感できたことは貴重だったのではないか。 ◆野球を続けるなら「父を超えたい」 その日は、プロ野球ドラフト会議の2日後。4年生の秋となる1年後を見据えた今の心境を問われると、こう話した。「可能性があるなら(プロ志望届を)出してみたい思いはある。来年になってみないと分からないかな、というところも。現実を見ながらになると思う」。現段階で強い意欲とまではいかなくても、プロのステージを視野に入れているのは確かだ。 「(卒業後も)続けられるなら続けてみたいなという思いがある」。それは社会人野球も含むのか。そうではない、とした上で言葉を続けた。「もしプロの可能性があったら続けたいという意思です。続けるのであれば、父親を超えたい。その思いは常にあるので」