物価と賃金の「好循環」は本物か?生産性上昇が伴わない賃上げは危うい
● 9月勤労統計調査、賃金は2.6%増 だがいまの賃金上昇は危険な方向 賃金の上昇が堅調だ。11月22日に公表された9月分の毎月勤労統計調査(確報)では、一般労働者の現金給与総額は前年比2.6%増と、底堅い動きを続けている。2023年や24年の春闘で高い賃上げが実現し、中堅企業などにも広がっているためだ。 【この記事の画像を見る】 これは「物価と賃金の好循環」と呼ばれ、日本経済にとって望ましいことだと考えられている。日本銀行はこの過程が安定して続くことが、金融正常化を進めていく条件だとしている。 では、いま始まっている変化は、本当に望ましいものと言えるだろうか? 実はそうではなく、問題がある危険な方向であることを指摘したい。 そう考えるのは、いまの賃上げが労働生産性の向上によって実現しているのではないからだ。 賃上げは、労働生産性向上以外の方法でも実現できる。企業が利益を圧縮するか、あるいは賃上げ分を消費者に転嫁することでも実現できる。しかし、こうした方法による賃上げは、長期にわたって継続することができない。 賃上げが継続的であるためには、それが労働生産性の実現によって実現される必要がある。技術進歩や新しいビジネスモデルの採用によって労働生産性が上昇し、その結果として賃金が上がるといったプロセスが生じるべきだ。 だが現在の日本でこのような過程が実現しているとはいえない。
● 春闘好調で単位労働コストが上昇 だが実質GDPは伸びていない 労働生産性が上昇しているかどうかは、「単位労働コスト」(ULC)と呼ばれる尺度で測定することができる。この概念は、輸入物価下落の影響を調べるために24年6月6日の本コラム「日本で企業の『強欲インフレ』が起きている?GDPデフレーターが明かす企業の利益増大」で用いたが、9月5日の本コラム「27カ月ぶりの実質賃金プラス転化は『消費者の負担』で実現した、長期にわたる継続はできない」で示したように、賃金の問題にも使うことができる。ここでは、その方向をさらに進めることにしよう。 まず、改めてULCの定義を示すと次の通りだ。 単位労働コスト(ULC)= 名目賃金報酬額 ÷ 実質GDP 最近の日本の単位労働コストの推移は、図表1に示す通りだ。 21、22年ごろにはあまり大きな変化が見られなかった。しかし、23年ごろから急激に上昇している。24年で上昇が特に著しい。単位労働コストがこのように大きく変動したのは、23年、24年の春闘で高率の賃上げが実現し、それが日本経済全体に波及したためだ。 だが一方で、実質GDPはこの間に目覚ましく増加したわけではない。GDPが伸びないのは、物価が上がるために消費者が支出を抑え、そのために家計消費支出が伸びないからだ。他方で賃金が上昇するために、単位労働コストが上昇したのだ。 従って23年、24年の賃金上昇は、生産性の上昇を伴わない賃上げだということになる。 他方で、物価が上昇して国民生活が困窮した。物価上昇に追いつくために、やむを得ず春闘で賃金を引き上げたのだ。 なお、20年にも単位労働コストは上昇しているが、これはコロナの影響だ。賃金があまり落ち込まない半面で、GDPが落ち込んだためにこうなった。 ● 企業は利益を圧縮したか? 賃上げの原資は別のもので 労働生産性が向上しなくても、賃上げを行なうことは可能だ。 その第一の方法は、企業が利益を圧縮して、それを賃上げの原資にすることだ。仮に、このようなことが実際に行なわれたとすれば、賃上げ分だけ企業利益が減少しているはずだ。 これを確かめるには、国民経済計算(GDP統計)における営業余剰のデータが必要だ。しかし、ここで検討している期間についてのデータは、まだ公表されていない。 そこで、ここでは便宜的に、法人企業統計調査によって、法人企業の利益と賃金の推移を比較することとした。結果は図表2に示す通りだ。 ここに示すように、最近の時点では賃金は緩やかに増えてはいるものの、目立った変化ではない。それに対して、経常利益は著しい増加を示している。両者の伸び率はまったく異なり、利益が増える一方で賃金はあまり増えていない。このため賃金分配率が低下している。 このことから直ちに、「企業が賃上げのために利益を削っていない」と言うことはできないが、実際の賃上げの原資は利益の削減でなく、別のものであったと考えるのが自然ではないか?