【無痛分娩後進国】かつては「痛みに耐えて産んだ」マウントも…人権の観点から広がったフランス、関心が低い日本
■ 「痛みに耐えて産んだ」でマウントをとってきた 田辺氏:10~20年前の日本では、「無痛分娩は母性の育みを阻害してしまう」「自然な体を持っているから自然に産むのが当たり前」というような風潮が蔓延していました。それは一般の人だけでなく、医療者の中にもありました。 もっと古い話をすると、日本ではかつて「(戸主が家族を統率する)家制度」がありました。「家制度」のもとで、嫁に入った家の中における女性の位置取りの手段に出産が使われた面があります。次の代に向けて「男児を産んだ」「痛みに耐えて産んだ」ということを家族に示すことで、家庭内での地位を築こうとしたと思われるのです。 女性同士の中でも「出産による序列化」の風潮がありました。まず産むか産まないか、産むなら帝王切開なのか経膣分娩か。経膣分娩の中でもどれほど痛みを感じて産んだか…と、女性として自分の体をどれだけ使ったかマウントをとるような風潮がありました。 ただここ数年は、共働きの家族の増加や女性の経済的自立に伴いその風潮は弱まっていると感じます。今「無痛分娩はけしからん」などと言うと、さすがに笑われると思います。 ──無痛分娩を敬遠してきた風潮以外にも日本で広がらなかった理由はありますか。
■ 「女性にとっての権利」、フランスでは政府主導で無痛分娩が広がる 田辺氏:日本の分娩施設が多様なことも背景にあります。日本では総合・大学病院、産科専門クリニックや周産期母子医療センターなどがあり、規模も様々です。一方、フランスやアメリカでは医療施設が大規模な病院に集約化されていて、大半の人が大きな施設で分娩します。そのため無痛分娩ができる設備や人材、技術が集約された体制が確保されています。 特にフランスの場合は、政府主導で無痛分娩が広がった過去があります。かつてはフランスも自然分娩が主流でしたが、1994年、女性政治家のシモーヌ・ヴェイユ氏が保健大臣の時に「(無痛分娩時の)硬膜外麻酔は贅沢品ではない。女性にとっての権利だ」と演説しました。フランスの場合は大半が公立病院のため、そこから一気に政府主導で無痛分娩に対応する体制が進んだのだと思います。 日本の場合は因果関係をどう捉えるかは難しいですが、そもそも無痛分娩の需要が少なかったために必然的に経験する医師が増えず、技術が確立していきづらかった面があります。産科医も無痛分娩は現場に出てから学ぶという感じで、無痛分娩の教育制度も成熟してきていませんでした。 加えて、日本の無痛分娩は産婦人科医が麻酔をしてきたという特徴があります。他の主要国では麻酔科医が専門で担当していますが、日本では本来専門ではない産婦人科医の先生が麻酔を任されていたため、負荷となっていたところがあると思います。 ──こうした複合的な要因で日本では無痛分娩が広がらなかったのですね。