「オグリキャップは燃え尽きてしまったのか」17万人超の観衆、歩くことも困難で…“伝説の有馬記念”の異様な雰囲気「馬券オヤジも野次を飛ばさず…」
オグリキャップは燃え尽きてしまったのか
まだ有馬記念(第9レースだった)まで何レースもある時間帯だったが、指定席ではない一般エリアで「今から窓口にお並びになっても有馬記念の馬券を買うことができない場合もあります」と係員がアナウンスしていた。今のようにネット投票はなく、ファミコンなどでPAT投票ができるようになるのもこの翌年から。電話投票にもごく一部のファンが加入しているだけだった。馬券の売上げのほとんどが競馬場とウインズ(場外馬券発売所)という時代だった。 天気がよかったのは覚えている。が、風が強かったかどうかは覚えていない。というか、風が吹いていたとしても、グラウンドレベルでは前後左右すべてを人に囲まれていたので、感じなかったと思う。おびただしい数の人の頭がスタンドの周りでゆっくりと揺れているような感じだった。 私はしばらくスタンド上階の指定席エリアにいたのだが、有馬記念のパドックは近くで見たかったので、早めに下に降りた。体を正面に向けたまま歩くことなど到底できず、何度も「すみません」と言いながら人込みをすり抜け、馬が見えるところまでどうにかたどり着いた。立っていると、少しずつ周囲のざわめきが大きくなり、じわじわと前に押されて行く。私を含め、そこにいる人間たちのコートやジャンパーが互いに触れ合う衣擦れの音がざわめきに混じり、このままだと静電気で発火するのではないかとまで思った。 有馬記念の出走馬が出てきた。野次を飛ばす馬券オヤジが今の10倍はいたはずだが、特に印象的な野次はなかったように記憶している。至近距離でパドックを囲んでいたのは数千人だったと思うが、上階のテラスなどを合わせると、万の単位になっていたはずだ。 その視線の先に、オグリキャップがいた。二人曳きでツル首になり、馬銜を噛む口元をときおり動かしている。好調時はパドックのコーナー部分で小走りになることが多かったが、この日はあまりそれが見られない。やはり、巷間言われているように、オグリは「燃え尽きた怪物」になってしまったのだろうか。 それでも、私を含め、パドックを囲む人間たちは、国民的人気を博した芦毛のスーパースターの最後の姿を一瞬たりとも見逃すまいと鋭い視線を送る。「勝てよ」と念じた人もいれば、「無事に帰ってきてくれ」と祈った人もいただろう。 様々な人間たちの強い思いが渦巻くような熱気となり、有馬記念のパドックを特別な空間にしていた。あとになって思ったのだが、あの異様な雰囲気のなかを数十分歩かされた時点で、勝ち負けになる馬は選別されていたのだろう。鋼のような精神力の持ち主でなければ、押しつぶされずにゲート入りすることはできない。「奇跡」の主役として、オグリはこの時点で競馬の神様に選ばれていたのだ――。
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