この地球に生を受けた以上、切っても切れない関係にある…じつは、DNA複製のエラーが「欠かせないもの」である理由
時折起こるエラーは進化の源
先ほども述べたように、36個以上のCAGリピートをもつ異常なもののみならず、正常なハンチンチン遺伝子の CAGリピートにも6~35個という個人差が存在する。 このことは、特に生殖細胞系列でのDNA複製において、そのような複製スリップがつねに起こっていることに起因していると考えられる。それがある一線を越えて、CAGリピートの数が正常な範囲を上回って増えると、ポリグルタミン鎖が長くなってしまうことで異常が生じる。 このような複製スリップは、DNAポリメラーゼの〈いい加減〉なしくみに鑑(かんがみ)て、ほかの繰り返し配列でも十分に起こりうるともいえる。さらに、滑って「伸びる」だけでなく、逆に滑って「縮む」こともありうる(図「複製スリップ」)。 ヒトゲノムに存在するこうした短い塩基配列の繰り返しは、複製スリップと、それにともなう伸長や短縮というリスクに、つねにさらされているということになる。それが連綿と続く生殖の歴史のなかで、繰り返しの数の多様性をもたらし、個人差や病気発症の有無へとつながっている。 そして時には、DNA鑑定に代表される犯罪捜査にも活かされている。 DNAの変化は当然、僕たちヒトの専売特許ではない。こうした変化は、すべての生物、そしてウイルスにおいても起こってきたであろう変化であり、今も存在する生物多様性の要因ともなっているはずだ。
DNAの底知れない深さ
複製エラーや複製スリップという、本来は正確に複製されるべきポイントでまれに起こるDNAポリメラーゼの異常な行動は、その時々を見れば、まさに文字どおりの「異常」であるかのように見える。 しかし、長期的な視点でとらえ直すと、「ほぼ正確」に遺伝情報を複製しつつも、時折エラーを起こすという現象が存在しているがゆえに、長い時間をかけて生物が進化することができたともいえる。 それを、僕たち人間はDNA鑑定のように自分たちの社会秩序を維持するために用いているわけだから、DNAとは底知れない深さをもつ物質である。 DNAは、「塩基配列を正確に複製できる」というメリットと、「その過程でエラーを起こす」可能性をDNAポリメラーゼやDNAの構造上、どうしても持ち合わせてしまうというデメリット(あるいはリスク)を、どちらも共存させることに成功してきた。 そして、変わりやすい地球環境に適合した生物の形をも、長い時間をかけて決めることに成功してきたのである。 * * * * * 地球環境に適応した生物の形と性質を作ってきたDNA。次回はDNAと進化についてのトピックをお届けします。 DNAとはなんだろう 「ほぼ正確」に遺伝情報をコピーする巧妙なからくり 果たしてほんとうに〈生物の設計図〉か? DNAの見方が変わる、極上の生命科学ミステリー! 世代をつなぐための最重要物質でありながら、細胞の内外でダイナミックなふるまいを見せるDNA。果たして、生命にとってDNAとはなんなのか?
武村 政春(東京理科大学教授・巨大ウイルス学・分子生物学)