「株主ファースト」の日本企業:配当よりも賃上げと設備投資に回せ―伊丹敬之・一橋大名誉教授
持田 譲二(ニッポンドットコム)
日経平均株価が史上初めて4万円の大台に乗せ、春闘も大企業を中心に満額回答が目立ち、日銀はついにマイナス金利を解除した。しかし、浮かれてはいられない。国内総生産(GDP)はドイツに抜かれて世界4位に後退。物価上昇分を差し引いた実質賃金は依然、前年比マイナスだ。経済再生の鍵は「企業が過剰な株主還元を改めることにある」と主張する経営学者の伊丹敬之氏(一橋大学名誉教授、前国際大学学長)に話を聞いた。
ショッキングな数字
元一橋大学教授として、数々の著作があり、企業経営にも関わった経験のある伊丹氏は今年1月、『漂流する日本企業』(東洋経済新報社)という本を著わした。上場大企業が稼いだ利益を何に、どう配分しているか白日の下にさらし、話題を呼んでいる。 同書によれば、株主配当金の人件費に対する比率は2000年ごろまで6%程度でずっと横ばいだったが、01年から急上昇し、21年には42.2%に到達。同じ21年には史上初めて配当金が設備投資を上回った(いずれも法人企業統計から算出)。
さらに伊丹氏は最新の22年度の数字を用いて試算したところ、新たな実態が浮かび上がったと明らかにする。 「2022年までの10年間に日本の大企業の配当は14.1兆円増えた。増分を設備投資、人件費、配当にそれぞれ3分の1ずつ回すとして試算してみた。直近の設備投資に上乗せすると、バブル崩壊直後の規模に近くなる。また人件費の増加を加味すると、労働分配率(付加価値から人件費に分配される比率)は80年代前半の安定成長期に近くなる。日本経済がうまく回っていた時代の姿になるわけだ」
今年の春闘は大企業の満額回答が続出。連合の第1次集計の賃上げ率は5.28%に達したものの、伊丹氏は「やっと過去にけちった分をお返ししたなと思う」と述べ、賃上げの継続性を確保するには「放っておいたら駄目。株主優先という構造を変えることが必要だ」と強調する。中小企業の賃上げについては、「大企業に納入している企業が多いだろうから、(コスト増分の)価格転嫁を認める風潮を強めないといけない」と言う。 伊丹氏の言うように、株主還元を減らして、賃上げに回せば、株主は反発するだろう。 「経営者は『設備投資にも回す。従業員にも報いて、現場で人が育つようにしたい。そうすれば企業は成長するから、その成長のチャンスを買ってください』と言えばよい。利益から還元させて、すぐキャッシュを手に入れようとするのは、株主として本来あるべき姿ではない」