「株主ファースト」の日本企業:配当よりも賃上げと設備投資に回せ―伊丹敬之・一橋大名誉教授
「株主ファースト」になった訳
伊丹氏によると、「株主還元重視」を示す一連の指標は大企業に関する限り、2000年ごろから急上昇した。 「当時、日本はバブル崩壊後9年経ち『失われた10年』と言われて、なんとかしないといけない状態だった。一方、1990年代に冷戦に勝った米国は、資本主義経済でも勝利した。2000年に官邸で開かれた産業新生会議で、マスコミにもてはやされた経営者たちが『米国流のガバナンスをやらないと日本は駄目になる』とぶち上げた。こうして米国型経営がはっきりした潮流となり、それ以降、おかしなことが起きるようになった」 経営改革の柱として浮上してきたのが、コーポレートガバナンス(企業統治)改革だ。 「出発点は日本の経営者に対して『規律のメカニズムが欠けている』という正しい認識だったと思う。内部出身者で占められた取締役会で自分に文句を言う人は1人もいない。それではいけないという考え方には大賛成だ。改革はある程度正しい部分もある。金融庁がコーポレートガバナンスに関する懇談会を開き、その報告書が出たのが2012年。会社は株主の物でも、従業員の物でもあると併記してあり、いい報告書だった」 ところが、事態はその後「株主重視」に傾いていったという。 「その報告書を日本取引所や金融庁が受け取って、コーポレートガバナンス・コード策定(2015年)など政策に移し替えた途端に、株主に還元して株価を上げるための政策になってしまった。その過程で米国のコンサルティング会社がだいぶ入り込んでいる。米国の機関投資家がもうかるように、米国の圧力があったのではと私には見える」
物言う株主
同コードは自己資本利益率(ROE)の向上を求めている。企業が資本をうまく使って、どのぐらい利益を上げているかの指標だが、伊丹氏はこう言う。 「ROE重視は、企業がきちんと経営しているかのチェックの指標に使うことを表向きの理由としている。だが、米国で昔から起きているのは、(分母の)自己資本を減らすため、企業が自社株買いを進めているという事実だ。(1株当たり利益が増える分)株価が上がり、株主はもうかる」 「ガバナンス改革を悪用した人たちがたくさんいる。多くの外国のアクティビスト(物言う株主)はその典型。会社の経営者を脅し、文句を言って金を出させているだけだ。例えば『そんなに自己資本を持ってもしょうがない』として、会社に自社株買いを迫る。株式市場は企業にとって資金調達の場ではなく、配当や自社株買いで株主に資金を返還する場となっている」 アクティビストの登場とともに、株主に助言する会社の存在感も高まってきた。 「海外の議決権行使助言会社の多くはやたら形式的で、『独立社外取締役の数が足りない。だから現在のトップの取締役選任を否決すべきだ』などと主張する。トヨタ自動車の豊田章男会長がそれをやられた。世界1の自動車会社で利益をものすごく出している経営者なのに」