伊藤比呂美「保護猫エリックあらわる」
詩人の伊藤比呂美さんによる『婦人公論』の連載「猫婆犬婆(ねこばばあ いぬばばあ)」。伊藤さんが熊本で犬3匹(クレイマー、チトー、ニコ)、猫2匹(メイ、テイラー)と暮らす日常を綴ります。今回は「保護猫エリックあらわる」。隣家の庭先にあらわれた仔猫を、一時的にお世話することになり――(画=一ノ関圭) * * * * * * * その朝、起きたら、集合住宅の隣人からLINEにメッセージが入っていた。「伊藤さん、某さん(うちの左隣)の庭に仔猫がいるので保護していただけると助かります。追い払ったけどまだそこらにいるようです」。外に出ていって、隣人たちがわらわらと「まだいる、ほらそこ」と指さす先を見たら、小さい仔猫がちょこんとしげみの中にうずくまっていた。あたしはすばやくつかみ上げ、少しかまれ、でも隣人たちに喝采された。 仔猫はほんとに小さくて、ケージの中でずっと鳴いてるのだった。目が合うと、シャーッと精いっぱいの怖い顔をするのだった。 あたしは友人のナミさん、これまでに世話した猫は数知れずという保護猫名人に連絡した。そしたら、とりあえず獣医に連れていったほうがいいと言う。感染症にかかっていないか、ノミやダニはいないか、調べてもらって処置してもらったほうがいいと言う。で、行きつけのタカタ動物病院に、ついでにニコも連れていこうと考えた。
19歳になる老犬ニコ。 たいてい眠っているのだが、この頃老衰が進んだようで、眠り方がおそろしい。全身脱力しきって眠るのである。食べる量も減った。ドライフードは食べたがらないが、肉は食べる。でもここ数日食べると吐いて、あっという間に軽くなってしまった。 死も近いかと思いつつ、ニコほんにんは穏やかだから、このままこのままと思っていたのだった。動物病院に連れていったって何かしてもらうつもりはないけれども、ニコを知ってる人たちに、今この状態ですと見せたいと思った。ところがその日、午前中の診察には間に合わず、午後はしめきりと打ち合わせが重なって、まったく動けない。 困っていたところに現れたのが、愛犬教室のカマダ先生だ。この人こそニコをよく知ってる人の筆頭だが(いつも預けている)、なんと二匹を動物病院に連れていってくれたのだった。そしてやってもらったのが、仔猫を登録して諸検査とノミダニの処置。ニコに吐き気止めの注射と脱水症状対策の点滴。 点滴の効果はすごかった。行く前のニコは卵の殻みたいに軽かったのに、帰ってきたのを抱き取ったら、生気と重みが感じられた。そして行く前の仔猫はシャーシャー怯えて怒ってたのに、帰ってきたときにはおとなしくだっこされ、膝の上でちゅーるを食べて眠る仔猫に変貌していたのだったった。「車の中でもずっと撫でていたんですよ」とカマダ先生は事もなげに言ったけど、プロのわざは点滴なみにすごかった。