武蔵小杉の「ママ友ができる授乳室」はブランド価値アップの切り札
こんにちは、ブランドコンサルタントの柴田陽子です。この連載も5回目。ここまで抽象的な話が続いたので、今回はまとめとして、具体的な事例からブランディングについて深めたいと思います。 【関連画像】「グランツリー武蔵小杉」で話題を集めた「コミュニケーション型授乳室」 私たちがブランディングを手掛けた案件に「グランツリー武蔵小杉」があります。店舗面積が約3万7000平方メートルという大きな商業施設です。総合スーパーもあれば、レストランもカフェもアパレルもインテリア雑貨のお店もある、この大きなショッピングセンターの総合プロデュースを、イトーヨーカ堂さんから任されました。約2年半かけて、基本コンセプトの立案からテナントの選定、環境デザイン、ロゴやサイネージのデザインに、従業員教育、マニュアルづくりまでやりました。まさに、コンセプトの「立案」から「実装」まで、すべてを任された案件です。 2014年11月22日に開業すると、13日間で来館者数100万人を突破。イトーヨーカ堂が運営する商業施設の最速記録だったそうです。今も武蔵小杉のシンボル的な存在として、地域の人たちに愛されています。 そんなグランツリー武蔵小杉のために、私が考えたコンセプトは…… 「郊外の暮らしって最高。愛を感じる商業施設」 ……です。 ブランディングにおいて、コンセプトは圧倒的に重要です。このお仕事をいただいて、私はまず、建設予定地だった川崎市中原区の「武蔵小杉」に向かいました。コンセプトを考えるためです。
ムサコの歴史と誇り高きマダムたち
ご存じの方が多いと思いますが、「武蔵小杉」は「ムサコ」の愛称で親しまれるファミリー層に人気の街です。もともとは京浜工業地帯の一角をなす工業エリアでしたが、移転・閉鎖された工場の跡地に高層ビルが建てられるようになり、00年代にはタワーマンションが林立する住宅地として注目を集めるようになりました。ここにイトーヨーカ堂さんが広大な敷地を持っていて、そこを開発するに当たって、私たちに声がかかったというわけです。 これから商業施設が建つという場所をまず、歩いてみました。そこは駅とマンション群を結ぶ動線上で、夕方になるとバギーを押したお洒落(しゃれ)な女性たちが颯爽(さっそう)と速足で歩いていきます。まるでレッドカーペットの上にいるかのように街を闊歩(かっぽ)し、ショーウインドーをちらりと眺め、気になるものがあればさっと店に入ります。 ムサコ・マダム──そんな名前を、自分の中で彼女たちにつけました。彼女たちは、自分の意思でこの街を選んだのだと思いました。ここではなく、都会のど真ん中に住むことだって、パワフルな彼女たちにはできるでしょう。けれど、家族にとって、子どもにとって、そして自分にとって一番気持ちよく、幸せに暮らせる場所はここムサコである。都会に住むより、ここに住みたいし、都会に住む友人にも、自信を持って自分はそう言い切れる。そう思い定めた誇り高さを感じました。 ムサコ・マダムの誕生には、時代背景も関係しています。男女雇用機会均等法の施行から20年以上がたち、専業主婦より共働き世帯が多い社会状況が定着してきた時代でした。経済的に力を持った女性たちの多くは、子どもができたら保育園に預け、働きながら自分らしく生きることを志向しました。そんなパワフルな女性たちが、子育てする場所として選んだのがタワマンであり、ムサコという街です。 そういう時代背景をとらまえてコンセプトを考えたとき、出てきたフレーズが「郊外の暮らしって最高!」でした。都会暮らしより、こっちのほうがずっといいんだと、ムサコ・マダムのテンションが上がる。誇り高きマダムたちの自己肯定感がググっと上がる様子をイメージしました。 ●ブランドの3要素で考えるなら ブランドには、3つの要素があります。第1にコンセプト、第2にターゲット、第3にタッチポイントです。 コンセプトは、「郊外の暮らしって最高!」。 ターゲットは、「ムサコ・マダム」。 ここまで決まったら、次はタッチポイント。コンセプトを「実装」するフェーズです。 ムサコ・マダムと、新しい商業施設との接点が「タッチポイント」です。接点は様々ありますが、それらをどう設計すれば、彼女たちに「郊外の暮らしって最高!」と、感じてもらえるのか。 私は、授乳室に着目しました。