<明秀旋風’22センバツ>/下 逆境から「最高」目指す コロナ禍、見いだした「ATK」 /茨城
センバツ出場が決まった1月28日、金沢成奉監督は選手らに語りかけた。「最悪を想定し、最低限できることをコツコツと継続し、最高の結果が出せるようにやっていこう」。何度となく繰り返してきた、人生訓にも通じる言葉だ。チーム内の符丁は「ATK」。「最悪・最低限・最高」の「最」に続く文字のアルファベットだ。 ATKはプレーの中でも求められる。例えば守備についていて、ゴロが飛んできた。「イレギュラーするかもしれない」と最悪の事態を想定し、最低限、身体で打球を止める。そこからアウトを取るための最高のプレーを目指す。こんな考え方が、公式戦1試合平均0・3失策という堅守の礎になっている。 投手陣でATKを体現したのが、エース右腕・猪俣駿太(2年)だ。ダブルエースと目された左腕・石川ケニー(同)が肘を痛め、昨秋の公式戦では猪俣に大黒柱としての期待が掛かった。本来は183センチの上背から最速142キロの直球が持ち味だが、連戦を投げきるためにはペース配分が重要になる。試合展開を見極めて時に力をセーブする投球で、県大会準々決勝から関東大会準決勝まで5試合連続完投勝利した。 ◇ ATKが生まれたのは2020年、新型コロナウイルスの感染拡大により夏の全国選手権大会が中止されたのがきっかけだった。金沢監督は「甲子園大会が消えた3年生が、それでも野球に取り組む意義は何か」を見つめ直したという。 最悪の事態に直面しても、日々の練習を最後までやり遂げた先に得るものがある。それを見せてやるのが自分の仕事だ――。チームスローガンは「一人一役全員主役」。ベンチ入りできない選手にも目を配り、「チームを強くすればいいという、それまでの考え方は一変した」。 すぐには結果が出なかった。「二度と甲子園には行けないのか」と迷った時期もあった。それだけに初の関東大会制覇、4年ぶりのセンバツ出場はこれ以上ない自信になる。「このやり方で間違いなかった」。新境地を開いた名将は胸を張った。(この連載は田内隆弘が担当しました)