経産省を休職してパリの名門ビジネススクールで学び、名古屋スズサンへ 「日本の職人技を海外市場で横展開する」未来を描く 井上彩花
WWD:これからスズサンで取り組みたいことは?
井上:勉強させていただきながら2カ月が経った。1番はこれまで村瀬が個人として取り組んできた事業が組織化していくタイミングなので、民でできるクールジャパンの実践として強い想いで取り組みたい。留学中に展示会場を訪れたが、15年ビジネスをしてきた村瀬だからこそ、官では手が届かないところにまで道しるべを示すことができていると感じた。官は、一時的に伴走支援はできても長期的には限界がある。官を超えて少しずつでもやっていくことが実績になると感じている。「スズサン」のブランドビジネスでもビジネススクールで学んだことを実践していきたい。
伝統工芸がまだたくさんあり続いていることが大きな価値
WWD:現在の日本の産地における技法・技術継承や価値向上について、どのような課題や可能性があるとみているか?
井上:有松と有松鳴海絞りのように土地と密接に結びついた産地としてのストーリーを持つ地域は日本には多い。伝統工芸に指定されているものだけでも241ある。指定されていない工芸もたくさんあると考えると、今いろんな課題がありつつ危機を迎えているとしても、たくさんあり、それらが続いていることが大きな価値と考える。
有松では、最盛期には1万人いた職人が今では200人くらいとされる。昔は各家族が1技法ずつ受け継いできたが、最盛期に500あった技法も100程度が残るばかり。継承されず消えた技法は取り戻すことが非常に難しい。村瀬は2008年のブランド立ち上げ前に家業の職人とは違う道を志したが、他地域でも伝統工芸に関わる事業継承に多くの課題があると認識している。
他方で場所や見方を変えれば、自身の価値に気が付くこともある。村瀬はアートを学ぼうと留学したが、地元を離れてから有松絞りの技法の面白さやデザインの美しさに気づき、デュッセルドルフでスズサンを立ち上げた。これは他の工芸においても起こりうることであり、そういう流れが起こっていると感じる。どう異なる価値観や視点を取り入れていくかがポイントだ。外的な支援だけでなく、共創的な活動も増えている。組織自体に異なる考え方を取り入れながら強化していくことや変化を受け入れることとは痛み、覚悟を伴う。小規模ではあれど、大きなジャンプをしっかりしていくことが大きな可能性につながると思う。