経産省を休職してパリの名門ビジネススクールで学び、名古屋スズサンへ 「日本の職人技を海外市場で横展開する」未来を描く 井上彩花
1つ目は拠点が2カ所あること。ドイツ・デュッセルドルフで(CEO兼クリエイティブ・ディレクターの)村瀬率いる多国籍のデザインチームがデザインを手掛け、有松でモノ作りをするブランド運営である点。デザインと生産の場が別々の場所にあることで、クリエイティブとクラフトマンシップの折衷が社内で常時行われている。ビジネススクールで繰り返し指摘されているブランドのDNAやアイコンといった要素がスズサンには詰まっている。
有松では職人がインハウスで働いていて、この染めはこの人、この絞りはこの人というように顔が見える。その職人のほとんどが4代目から直接技術を学ぶ20~30代。日々切磋琢磨していて、その手の動きが美しく、絞りがデザインになり、絞り染めを施されたテキスタイルが干してある様子は感情を揺さぶる、訴えてくる美しさがある。有松に生産のコアがあり、そこに触れられることが価値である。
2つ目は村瀬というアイコンが存在していること。
3つ目はモノ作りの背景とストーリーがあること。ブランドのコアである有松鳴海絞りには400年の歴史があり、土地と深い関わりがある。有松の町は東海道が開通したタイミングの1608年、宿場町に挟まれた通過点で旅人たちに手ぬぐいを絞ってお土産品として販売したのが始まりで400年以上職人が絞り染めのビジネスを支えてきた。
4つ目は村瀬が考える「欧州は目の文化、日本は手の文化」という考え方に共感したこと。ブランドの中心にある有松鳴海絞りは国の指定伝統工芸品として指定されており、見せ方が無限大にあるのが面白いと感じる。加えて、いわゆる顧客の生活を彩るための製品をそろえるラグジュアリーブランドブランドとは異なるアプローチができる。「スズサン」は布を中心とした提案なので、生活を彩る全てを提供できない。つまり「スズサン」一色でなくてもよく、お客さまと関係性も“ゆるやか”に築ける。
“ゆるやか”というのは、「スズサン」の製品だけではなく「手仕事を提案する他の事業者」とお客さまがつながるきっかけとなり、横に広がりを作る余白があるということ。例えば2021年から3年間、村瀬が個人の仕事としてクリエイティブ・ディレクター兼事業統括コーディネーターとして参加した名古屋市主催のクリエイションダイアログの事業では、名古屋市の工芸を主体とする約10社の企業の欧州市場に向けた販路開拓を目的に、現地でのプレゼンからマッチングなど総合的に支援するもの。そういった企業が手仕事を提案する他の事業者例として挙げられる。