『ゴールデンカムイ』から見る、アイヌ民族の衣服文化の世界
北海道に隠された金塊をめぐる冒険漫画『ゴールデンカムイ』。 作中には、“不死身の杉元”と称された元兵士・杉元佐一と、アイヌ民族の少女・アシㇼパをはじめ、多くのキャラクターが登場する。アシㇼパたちアイヌ民族が身にまとう衣装は、実際に着用されていた伝統的な装いを再現しており、その代表的なものが「アットゥㇱ」である。 樹皮から作られた服として知られるアットゥㇱとは、どんな服なのだろうか。 この伝統的な衣服に込められた知恵と技術、そしてアイヌ民族の豊かな衣服文化について、国立民族学博物館人類文明誌研究部の齋藤 玲子さんにお話を伺った。 (※本記事は漫画『ゴールデンカムイ』のネタバレを一部含みます)
樹皮を採って、アットゥㇱができるまで
ーはじめに、アットゥㇱとはどんな服なのでしょうか?
アットゥㇱは、オヒョウ(ニレ科)の樹皮を素材として作られるアイヌ民族の伝統的な衣服です。木綿の生地が手に入る前から着用されていた、基本的な衣服といえます。 その名称は、アイヌ語で「アッ(オヒョウの樹皮)」「ルㇱ(毛皮)」が語源と考えられていて、「オヒョウ樹皮で作った毛皮(のようなもの)」という意味だろうと思います。
ー作中では、アットゥㇱは「オヒョウの木の皮を下からはがして作る」と説明されています。実際はどうやって作っていたのでしょうか?
私も一度だけ採取のお手伝いをしたことがありますが、実際も漫画のようにオヒョウの皮を下から剥いでいきます。 その後に外側の硬い皮を取り除き内皮だけにして、昔は集落の近くの川や湖、温泉に浸けていました。 樹皮は何層にもなっているので、水に漬けてやわらかくした後、薄く剥いでいき、それを割いて糸にしていました。
ー非常に手間がかかる作業に思えますが、樹皮を採ってから服ができるまで、どれくらいかかるのでしょうか? 織物だけに専念したとしても少なくとも2~3ヶ月はかかったはずです。 アットゥㇱを1着作るには、仮に計算してみると、3~4kmの長さの糸が必要ということになります。重さでいうと、1~1.2kgくらいです。 初夏にオヒョウの皮を採り、日々の作業の合間に糸を作ることを繰り返していたと思います。 「アイヌの女性は常に糸をよっていた」という話もよく聞き、また幼い頃から糸を作る手伝いをしていたともいいます。 作中で、大きくなっても山に行くばかりでまだ裁縫ができないアシㇼパさんが、祖母であるフチに心配されているのも、そうした背景があるからと思われます。 ー現代人から見ると、毛皮などで服を作る方が手軽で暖かいように感じます。アイヌがアットゥㇱを好んだ理由は何でしょうか? 北海道から樺太のアイヌ民族は、世界的に見ると「毛皮ではなく、衣服として織物を作る地域」の最北端に位置しています。 これより北の地域では、伝統的な衣服は毛皮や革で作られてきました。しかし北海道は気候的に毛皮では暑すぎる、まさに境界線上の地域なのです。 あとは、糸の素材となるオヒョウの木が身近にあったことも理由の一つかもしれません。 オヒョウは本州などにも見られますが、北海道には特に多く生えている木なんです。いまでも全道的に見ることができます。