「自分のような人減らしたい」 母に熱湯浴びせられた男性の思い
「保護してください」 東京都内の大学に通いながら社会福祉士を目指すなおとさん(21)は、16歳のときに駆けつけた警察官にそう直訴した。 寝ている合間に母親からポットの熱湯をかけられ、やけどを負っていた。 現在、なおとさんは大学に通う傍ら、虐待で傷を負った若者らの支援活動を行っている。「自分のような人を減らしたい」との思いに突き動かされている。 ◇9歳でヤングケアラー なおとさんの過酷な人生は幼少期から既に始まっていた。 3人兄弟の真ん中だったが、兄弟3人とも父親が違った。 弟が生まれると父は蒸発し、母はがんを患い病床に伏した。当時9歳のなおとさんは弟にミルクをあげたり、もく浴をさせたりする重責を担った。必然的に小学校からも足は遠のいた。 今で言うヤングケアラーだが、当時は気に掛けてくれる人はいなかった。 母の実家に住んでいたころ、兄は実家を訪れた叔父から繰り返し虐待を受けた。そして、その兄はなおとさんをカッターで切りつけたり、性的虐待をしたりしてきた。虐待の連鎖だった。 アルコール依存症の母は病気から回復すると、酒の量が増え、酔って暴力を振るった。 ◇やっと見つけた居場所は 中学生になると友達ができた。 出会いの場は、母のお下がりのスマホで興じたオンラインゲームだ。 自分と同じように不登校や引きこもりの同世代だった。自分の置かれた状況がなんら改善したわけではないのに、救われた気持ちになった。 母親は酔う度に暴力を振るってきたが、なおとさんは児童相談所などに保護を求めることはしなかった。余計に暴力を振るわれるリスクの方が大きく思えた。 さらに、兄がよく警察沙汰を起こしたために面識のあった警察官から、緊急的に入る児童相談所の一時保護所が「刑務所や少年院のようなところ」と説明をされたため、入れば携帯電話が使用できなくなると思った。 それはゲームができなくなる、つまり唯一の「居場所」を失うことも意味していた。 だが、寝ているときに母親に熱湯をかけられたことが状況を変えた。 弟が110番し、駆けつけた警察官に保護を求めた。 「保護を求めていなかったら今もずっと引きこもっていたかもしれない」 当時を振り返る。 一時保護所を経て、義務教育を終えた子どもらが生活する自立援助ホームに入った。高校も大学も行く気はなかったが、職員に「就職に有利だから」と勧められ、地域の無料塾で学び、通信制高校に進学。アルバイトをしながら20歳で卒業した。 児童養護施設や里親家庭など「社会的養護出身」の若者たちが交流する居場所事業を利用した経験があった。当事者同士で話したり、運営団体からさまざまな支援があることを教えてもらったり、世界が広がった。 ◇手を差し伸べられる社会を 「チラシよかったら受け取ってください」 児童虐待防止推進月間が始まった11月1日、なおとさんはJR新宿駅前で行われた街頭募金に参加していた。 社会的養護出身の若者らを支援する団体に助成する「若者おうえん基金」の活動の一環だ。 今回の街頭募金は、なおとさんの発案で初めて実施されたという。 寄付を募るだけでなく、親に頼れない子が大勢いることや、当事者に応援する大人がいることを知ってもらいたいとの思いからだ。 「身近に困っている人がいたら手を差し伸べられる社会をつくりたい」と語る。 ◇支援団体の活動を手助け 全国の児童相談所が子どもの虐待について22年度に受けた相談は、21万4843件に上った。 また、社会的養護を受ける子どもは約4万2000人おり、うち約2万3000人が児童養護施設で暮らす。 今年4月には改正児童福祉法が施行され、児童養護施設などで育つ若者の自立支援について、原則18歳(最長22歳)となっていた年齢制限が撤廃された。 「若者おうえん基金」を運営する「首都圏若者サポートネットワーク」の池本修悟事務局長は、「年齢制限が撤廃されても『ニーズがない』として、取り組まない自治体もあり、地域差がある」と指摘。さらに既存の制度では対応できないこともあるといい「基金で支援団体の活動を底上げしたい」と話している。【御園生枝里】