世界の中心でクイを食べる~キト(中編)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
カフェでパウルと少し雑談をした後、彼の研究室へ向かう。そこには、1台の次世代シークエンサーが置いてあった。 私とパウルの邂逅については、この連載コラムでも紹介したことがある(詳しくは38話を参照)。2020年春のパンデミック最初期のこと。パウルがエクアドルの新型コロナ患者から解析したウイルスゲノム配列を「GISAID」という公共データベースに登録し、それを私が見つけたのである。そのウイルスの「ORF3b」という遺伝子には、ほかのウイルスゲノムには見られない「復帰変異」という特徴的な変異が入っていて、私たちはそれを「エクアドル変異体」と呼んで実験し、論文にまとめた。それが私の新型コロナ研究の処女作となる。 彼の研究室に置かれているその次世代シークエンサーを目にして、もしかして、と思い、私はパウルに訊いてみた。 私「もしかしてこれ(次世代シークエンサー)が、『エクアドル変異体』を見つけた機械?」パウル「そうだよ」 ――そう、2020年4月。パウルがこの機械を使って調べた新型コロナのウイルスゲノムが、私とパウルをつなぎ、私をここに連れてきたのである。 ■ヒデヨ! ヒデヨ! その後、研究科長を紹介される。彼はなぜか日本の千円札を額縁に入れて飾っていて、私が日本人だとわかると、それを手に取り、「ヒデヨ! ヒデヨ!」と興奮しながらそれを私に見せてきた。 その後、パウルや研究科長たちと一緒に昼食をとる。大きなエビの料理とタコのソテーを食べたが、エビもタコもブリブリで、びっくりするくらい美味しかった。 その食事の席で、研究科長がまた野口英世の話を始めた。 研究科長(研)「ところで君は、Dr. ヒデヨ・ノグチを知っているか?」私「もちろんです(そらそうよ *詳しくは54話を参照)」研「何をどこまで知っている?」私「たしか......(記憶を辿る) 子供のときに手を怪我して、梅毒の原因菌を見つけて、アフリカのガーナで黄熱病の研究をしているときに、自身も黄熱病で死んでしまった」研「それだけか?」私「うーむ」研「それだけか?」私「う、うーむ」研「Dr. ヒデヨ・ノグチは、エクアドルで研究していたのだ」 えー! と、そこで私は実際に、アニメ「サザエさん」のマスオさんのようなすっとんきょうな声をあげてしまった。