パリ五輪が迫るフランス政府が絶対に見せたくない“不都合な真実”…スラム化した郊外団地問題で育った監督が晒す「移民政策の成れの果て」
第33回夏季オリンピック大会が7月26日からパリで開催される。フランスでの開催は1992年のアルベールビル冬季大会以来32年ぶり、パリでの開催は1900年の第2回大会、1924年の第8回大会に続き100年ぶり3回目ということで、フランス国内ではこの大会を成功させるべく最大限の努力が払われているに違いない。 行政との衝突に追い込まれる移民たちを描いた『バティモン5 望まれざる者』
排除された者たちの隔離地帯としての郊外団地
オリンピック開催の盛り上がりに乗じて観光を盛り上げたいフランス政府が、世界に絶対に見せたくないであろう内政の問題点を真正面から捉えた傑作映画が生まれた。フランスの移民政策の歪みから生じる緊張と、行政との衝突に追い込まれる移民たちを描いた『バティモン5 望まれざる者』だ。――パリの“不都合な真実”を描いた本作を、パリを舞台にした過去の移民関連映画作品と併せて紹介する。 パリ中心部が富裕層の街なのに対して、郊外は労働者が住む町として発展し、戦後の住宅難を背景に大型団地がいくつも立てられた。――犯罪映画の名作『地下室のメロディー』(1963)の冒頭、5年の刑期を終えて出所したジャン・ギャバンはパリ北駅から小一時間する郊外の緑の多い街に、かつて買った家で待つ妻のもとへ帰る。だが、5年の間にすっかりさま変わりして団地だらけとなり、ポツンと残された自分の一軒家の場所がなかなかわらない。 どこか別の場所で優雅な老後を楽しむために、彼は最後の大博打に打って出る……。 1960年代半ば以降、フランス政府の持ち家奨励策もあって団地人気は急落、結果として旧植民地のアフリカ諸国からやってきた移民労働者たちがそうした団地に住み始める。フランス語で郊外を意味する“バンリュー”には、もともと「排除された者たちの地帯」という意味があるそうだが、やがて移民たちが暮らす郊外団地は貧困にあえぐ失業者の巣窟と化していき、移民たちへのさまざまな差別の横行や、それに対して反発する若者たちの暴動が起こり、スラム化した郊外団地は大きな国内問題となった。 『バティモン5 望まれざる者』の監督ラジ・リは、自身が移民の子としてパリ郊外の団地の5号棟(通称、バティモン5)で育ったそうだが、エレベーターは故障して使えず、漏水事故も多発して、狭い間取りに大勢の移民たちがひしめき合って暮らす住環境は最悪だったという。 そのためフランス政府はパリの恥部である郊外団地を取り壊しての都市再生事業を推し進めようとするのだが、政治家たちの思惑と、実際に郊外団地で暮らす貧しき移民たちの想いは乖離しており、強引な立ち退き強制は新たな暴動に直結しかねない。
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