発達障害は「生まれつき」か「環境」か…?近年、「発達障害が増えている」と言われる「納得の理由」
リスクが積み重なって
つまり最新の科学的なエビデンスにもとづく知見では、もともと脳の状態がある個人がある環境因に晒されたときに、さらに脳の組織や働きの変化が引き起こされ、精神科症状として発現するという機序が想定されている。ここで言う脳の状態を作るものは、素因もあれば、生後まもなくの被虐待のような、非常に強烈な環境因であることもある。これは器質因(素因)と環境因との掛け算によって治療の対象となる精神科疾患が生じるという普遍的なモデルである。 このモデルは、ほぼすべての慢性疾患の場合と同一であることに注目してほしい。たとえば糖尿病の素因を持つものは多い。素因がある人とない人では、糖尿病のなりやすさには大きな違いがある。しかし素因があっても節制によって発病を防げ、素因がなくても極端な暴飲暴食を続ければ発症に至る。 このモデルは児童に見られる心の問題にもそのまま当てはまる。児童の精神科疾患においてもっとも多いパターンはといえば、もともとの生物学的な素因に情緒的な問題が絡み合って複合的な症状を示すものである。 一例としてチックを例に取り上げてみる。チックとは、瞬きを繰り返す、しかめ顔、咳払いを繰り返すなど、随意とも不随意とも言いがたい慢性の運動や発声の反復が認められる、子どもには非常に一般的な、習癖とも病気とも言いがたい行動上の異常の総称である。 チックはドーパミン系の神経経路の過剰反応を原因とする明らかな生物学的な素因があり、それなくしては生じない。しかし臨床における経過は、ストレスや緊張などの情緒的な問題が要因となり、良くなったり悪くなったりを繰り返す。たとえば厳しい先生に当たれば非常に悪化し、夏休みに入ってストレスがなくなれば一挙に改善するといった具合である。 一過性で自然軽快をするものが大半を占めるが、大声の叫びの反復など周囲に迷惑を生じる重度の不適応や、そこから発展して強迫性障害(ばかばかしいと分かっていても手を洗うなどある動作を繰り返さざるを得なくなるという状態)などはっきりとした精神科疾患に至るものもまれにある。この重症度については、素因もあれば環境因も関与している。 さらに上記のモデルで考えてみると、近年、発達障害が増えているらしいということの謎が解ける。 たとえば糖尿病の素因は一定でも、生活習慣が変化すれば患者数は増えたり減ったりすることは十分に起こりうる。同じように発達障害の大多数は、生物学的な素因を強く持っていることは明らかであるが、引き金となる環境状況によって増えるということは十分に起こりうる。 その引き金となる環境状況は直線的な原因結果ではなく、リスクの積み重ねという形のほうが実際によく合致する。たとえば高齢出産、タバコの影響、多胎、未熟児、生後から一歳ごろまでの環境的要因、刺激の絶対量の不足、逆に刺激の絶対量の過剰などなど。それのみでは原因となり得ないが、そのおのおのが要因となりうるのである。 ※本書で取り上げられている事例は、公表に関してはご家族とご本人に許可を得ていますが、匿名性を守るため、大幅な変更を加えています。
杉山 登志郎