発達障害は「生まれつき」か「環境」か…?近年、「発達障害が増えている」と言われる「納得の理由」
環境の影響を受ける遺伝子
それでは素因によってすべてが決まるのであろうか。 ごく最近になって、分子レベルの遺伝子研究が進展し、それによって遺伝子が体の青写真や設計図というよりも、料理のレシピのようなものであることが明らかとなってきた。 つまり、遺伝子に蓄えられた情報は、環境によって発現の仕方が異なることが示されたのである。遺伝情報の発現の過程は、遺伝子そのものであるDNAの情報が、メッセンジャーRNAによって転写され、タンパク質の合成が行われることによって生じる。 この過程が実は問題で、ここで環境の影響を受ける。多くの状況依存的なスイッチが存在し、環境との相互作用の中で、合成されるタンパク質や酵素レベルで差異が生じることが徐々に明らかとなってきた。 たとえば、妊娠初期のタバコの影響で初めてスイッチがオンとなる遺伝子情報などが存在する。これは神様が遺伝子を設計したときにすでにタバコの存在を予想していたということなのだろうか。このような影響は身体的問題に限らない。 有名な例を一つあげれば、MAO‐Aと呼ばれる酵素がある。この酵素を生じる遺伝子を持つ児童は、攻撃的な性格を発現する傾向があることが知られているが、すべての児童においてそうなるのではない。非常にストレスが高い環境、つまり虐待環境下においてのみ、スイッチが入り、攻撃的な傾向が発現するのである。 この例はまた、遺伝的素因というものに対するもう一つの誤解を解く手掛かりともなる。遺伝的素因の存在は多くの場合、高リスクを示すものではあるが、それによって決定されるものではない。 このMAO‐Aの例にも示されるように、遺伝子の持つ情報は、学習、記憶、脳の発達、感情コントロールのレベルでどうやら環境との相互作用が生じるのである。つまり遺伝的素因の解明は、障害を決定づけるのではなく、高リスク児に対する早期療育の可能性を開くものとなる。