発達障害は「生まれつき」か「環境」か…?近年、「発達障害が増えている」と言われる「納得の理由」
遺伝と環境の関係
素因と環境因とのせめぎ合いに関してはさまざまな研究が積み重ねられていて、けっこうおもしろい内容のものもある。たとえば集団に関する調査を行うと、社会的に極端な状況下で遺伝的素因の影響は低くなり、その抑制が消えると遺伝性によって決定される率はより高くなることが知られている。 たとえば遺伝的なアルコール依存の発現は既婚者で低くなり、未婚者では高くなるのである。またアメリカの研究であるが、最初の性交年齢に関する遺伝性は戦前(社会的な抑制が働いていた時代)で低い(男性の0パーセント、女性の32パーセント)のであるが、社会的な抑制がほとんど機能しなくなった戦後では高い(男性の72パーセント、女性の49パーセント)という結果となった。 こんな研究にどんな意味があるのかは問わないでほしい。ただ遺伝的な問題ということがけっこう相対的なものであることがお分かりいただけたのではないだろうか。 環境因というものの脳に及ぼす働きの重さは、子ども虐待の臨床に携わっていれば容易に実感されるところである。心理的な外傷(トラウマ)と脳の所見に関する研究の結果は、発達障害という問題を考える上で、格好のモデルを与えてくれるのでここで取り上げておきたい。 心因であることがもっとも明確な疾患である外傷後ストレス障害(PTSD。トラウマを負った後、数ヵ月経ても不眠やフラッシュバックなどの精神科的異常が生じるという病態)において、脳の中の扁桃体や海馬という想起記憶の中枢と考えられている部位に萎縮や機能障害など、明確な器質的な脳の変化が認められることがまず明らかとなった。 しかしその後の研究によって、強いトラウマ反応を生じる個人は、もともと扁桃体が小さいらしいということが明らかになった。これはたとえばベトナム戦争で強いトラウマを生じた双生児の片割れが存在した例を調べたところ、トラウマの影響が見られないもう一人についても、やはり扁桃体が標準より小さいことが明らかとなったのである。 では、どのようにして小さい扁桃体ができるのであろうか。一つは遺伝的な素因であることは疑いない。ところがマウスの実験などによって、小さい扁桃体が作られる原因は被虐待体験らしいということが現在もっとも有力な説となっている。何か悪夢のようなニワトリ─タマゴ論争であるが、つまり先に慢性のトラウマに晒されて小さい扁桃体の個体が生じ、その個体が成長した後、トラウマに晒されたときに、PTSDという精神科疾患を高頻度で生じるというのが現在のところの結論である。しかし一方で、先に述べたように扁桃体の大きさに、背が高い低いと同様の生まれつきの遺伝的な素因もあると考えられている。