一転して無罪主張。「関西司法のエース」検事正の性暴力事件で起こった問題
性加害の罪を認め、被害者に詫びていた被告が一転、無罪の主張を始めた――。 大阪地検トップの元検事正、北川健太郎被告が部下の女性検事に性的暴行を加え、準強制性交罪に問われた事件の裁判。10月25日の初公判では罪を認め、被害者にお詫びの言葉を述べていたが、12月10日に一転、新規に就任した弁護士が会見を開き、「同意があったと思っており、犯罪の故意がない」として無罪を主張する方針を明らかにした。 【マンガ】予期せぬ妊娠は誰にも起こりうる…漫画家・鳥飼茜が伝えたかったこと この事件がまず大きく注目されたのは10月25日。初公判を受け、被害女性自身が開いた会見は1時間にわたった。彼女が語ったのは、北川被告による犯行の詳細だけでなく、その後被告から受けた脅しによる口止め、さらに大阪地検内で同僚に虚偽の情報を流されるなどの「セカンドレイプ」……。6年間被害を訴えることもできず、「身も心もボロボロにされ」、家族との平穏な日々も奪われ、生き甲斐だった検事という仕事も休職せざるを得なかったという。 それでも声を震わせながら勇気を振り絞って彼女が語ったのは、これまで自身が性犯罪捜査を担当していた立場から、性被害の実態を知ってほしいという強い思いがあったからだ。今回の被告側の主張は、その被害者の想いを打ち砕くものだった。被害女性の検事は12月11日にも記者会見を開き、手を震わせながら「きのうの弁護人の会見後、夜も眠れず、胸が痛み、息をするのも苦しく、涙が止まりませんでした」と語り、「真実はひとつで、司法の正義を信じる」と続けた。 この事件の本質と検察という組織の問題は何か。 11月8日に掲載したジャーナリストの浜田敬子さんによる寺町東子弁護士のインタビューを改めて掲載する。寺町さんは性暴力被害者の支援を続けてきた弁護士で、インタビューは10月30日に行った。
酔いつぶれた女性を自宅に連れ込み…
まず被害女性の会見から事件の概要を振り返る。 女性が被害に遭ったのは、2018年9月12日。女性は、半年前に大阪地検検事正に就任した北川被告の懇親会の席で飲み慣れない焼酎を飲み、すぐに酔ってしまった。歩くのも困難なほどの酩酊状態の女性を同僚たちがタクシーに乗せると、そこに北川被告が強引に乗り込み、被告の自宅である官舎に向かった。この間、女性には一切の記憶がないという。 目が覚めた時には全裸にされ、北川被告から「性交されていた」。抵抗すれば被告が自分の名誉を守るために「殺される」ことを恐れたというが、それでも「夫が心配するので早く帰りたい」と訴えている。その後、女性は何度も帰ろうとしたが、酩酊状態のためにうまく立ち上がれないことをいいことに、北川被告は3時間にわたって性交に及んだという。 性犯罪に関する刑法は2023年に改正され、その際、同意のない性的行為を処罰する規定が明確化された。処罰に必要な要件として従来の「暴行・脅迫」に加え、「経済的・社会的地位の利用」や「恐怖・驚愕させる」など具体的な8つの行為が示されている。これらは改正前の抗拒不能(被害者が性行為への同意を示すことが著しく困難な状態)・心身喪失の要件を明確化したもので、改正前と改正後で処罰範囲は変わっていない。事件があったのは2018年で刑法改正前だが、その時点でも準強制性交や準強制わいせつは、抗拒不能要件を現行法の要件と同様に解釈して処罰されていた。 「事件当時の彼女は、酩酊していて意思表示が適切にできない状態で、同意ができないことは明らかです。同意がなければ犯罪であることは、検察官であり、ましてや検察幹部として立件の判断をする立場にあった北川被告は十分理解している。北川被告は当初『同意があると思っていた』と否認していたそうですが、一般人が『同意がある』と誤解していたという状態とはレベルが違う。こんなことを検察官がやってしまったら誰も法律を信じられなくなる。一般人に比べたら、より違法性の程度が高いと言わざるを得ません」(寺町さん)