「欧米ならダメ社員はすぐ解雇」はウソである…日本の「解雇規制緩和」で見落とされ、誤解されている事実
「解雇規制が緩和されたら、突然失業してしまう社会になる」。にわかに盛り上がった解雇規制緩和の議論。しかし、実は今の日本でそんな心配は無用だった。日本の解雇規制の実態とはどのようなものか。また、これから一生食べていくための方法とは。企業再生のプロ・冨山和彦氏に聞いた――。 【写真】ストライキをする米ボーイングの従業員たち。9四半期連続の赤字でも、従業員は待遇改善のために行動する ■間違いだらけの「解雇規制の緩和」議論 ---------- Question.1 日本では一度人を雇うと解雇するのが難しい? ---------- 自由民主党の総裁選において「解雇規制の緩和」を争点化する動きがあった。賛成派は、「競争力を高めるには人材の流動化が必要だが、日本は一度人を雇ったら解雇がしにくい」というロジックで規制緩和を求めるのに対して、反対派は「海外のように経営者の都合で勝手にクビを切れるようになると社会が不安定になる。企業は雇用を守れ」と反論する。 この議論はナンセンスである。なぜなら、賛成派、反対派、どちらにおいても議論の前提が間違っているからだ。 雇用の流動性が重要であることは、今や社会的コンセンサスになりつつある。雇用流動化の起点は、労働契約を終わらせることに他ならない。近年は働き手の側から起動しやすくすること――たとえばブラック企業を辞めたり転職すること――が議論の中心だった。しかし、労働契約はお互いさまであり、企業側からも起動できたほうがいいという考え方もある。解雇規制緩和論は10年以上前からあったが、ここにきて再浮上してきたのは、企業側からの要請が強くなったことが背景にあるだろう。 賃上げの議論も、規制緩和の主張を後押ししている。「日本の会社は人を一度雇うと人件費が固定費になるため、大胆な賃上げができない」というのが賛成派の論理。賃上げのためにこそ企業が人を解雇しやすくするべきだという、よくわかるようでわからない理屈が展開されている。 ■大企業が利用しやすい「希望退職制度」 しかし、日本企業が人を減らしにくいというのは大きな誤解である。 会社が社員を整理解雇(業績悪化など会社側の事情で行う解雇)するには、判例で確立された要件をクリアする必要がある。①整理解雇の必要性が本当にあること、②整理解雇を避けるための努力を会社が尽くしていること、③対象者の選定に合理性があること、④労働者側との間で十分な協議が尽くされていること、の4つの要件だ。解雇規制緩和の賛成派は、これら4要件が厳しいために解雇ができないと主張する。 そうした主張はリストラの現場を知らない人の空論だ。会社側の視点で見れば、人を減らす手段を解雇に限る必要はまったくない。人員整理を実務的にとらえれば「希望退職」というプラクティスもあり、事実、大企業では広く行われている。 日本の希望退職制度は、労使協調のもとで独自に発展してきた。退職時に渡す金額も相場ができている。業種や業績にもよるが、定年まで勤めた場合と同額の退職金に年収1~2年分を上乗せするのが一般的だ。企業にとってはそれなりに大きな費用負担になるが、お金があれば解雇よりずっと簡単に人を減らせる。 希望退職制度は、中高年の社員から見ても魅力的な仕組みだ。とくに現在は労働市場が逼迫していて中高年でも転職しやすくなっているため、募集すれば枠の2~3倍の応募者が集まる。整理解雇の4要件を緩和するまでもなく、その気になれば人を減らすという目的は達せられるのだ。