「欧米ならダメ社員はすぐ解雇」はウソである…日本の「解雇規制緩和」で見落とされ、誤解されている事実
■ボーイングの例でわかる実は解雇しにくい欧米 低パフォーマンスの人を狙いうちにする解雇ではなく、まとめて人員整理する場合はどうか。これもカジュアルに行われている印象があるかもしれないが、実態は違う。 欧米では職能別、産業別の労働組合が非常に強い。たとえば自動車業界では全米自動車労働組合(UAW)が強い交渉力を持っていて、レイオフ(一時解雇)について厳格なルールを使用者側と結んでいる。勤続年数の長い人の雇用を優先的に守り、新人から機械的にレイオフしていく「シニオリティ・ルール」は、組合の強さを示す象徴的なものだろう。 レイオフも簡単ではない。航空機メーカー大手であるボーイングでは今年9月、16年ぶりのストライキが行われた。ボーイングの労働者の多くは、国際機械工労働組合(IAM)の支部に加盟している。労組執行部はいったん25%の賃上げで合意したが、組合員の投票で否決されてストライキに。会社側が新たに35%の妥協案を提示したが、それも否決されてストライキが継続している。 アメリカでは、23年にも自動車業界で1カ月以上に及ぶストライキが起きた。経営の一存ですぐにレイオフできる制度になっているなら、大規模なストライキが頻発するはずがない。ちなみにボーイングは業績低迷で、赤字が9四半期続いている。それでもレイオフできないのが実態である。 ■日本企業は人材の流動化に対応できていない 職能別・産業別組合がアメリカ以上に強力なヨーロッパは、さらに人員整理のハードルが高い。いずれにしても欧米と日本では雇用体系や労使関係が異なる。その違いを無視して同列に解雇規制を論じるのは愚かである。 解雇規制緩和の議論は疑問が多いが、一方で人材の流動化が必要なことも事実である。 現代はディスラプティブ・イノベーションの時代だ。同じことを続けているだけでは、破壊的なイノベーションが起きて従来の産業やビジネスモデルが駆逐されて滅びてしまう。これは不可逆かつ世界的な現象である。 ゲームチェンジに対応するための効果的な方法の一つは、人材を入れ替えることだ。人材の流動化ができない企業は、儲からないオールドゲームを続ける他ない。それでは付加価値を生むことができず、結果として賃金も上がらない。 アメリカは外部労働市場、つまり転職市場が発達しているのでゲームチェンジに必要な人材の入れ替えができた。一方、メンバーシップ型の日本企業はこれまで人材の入れ替えを社内の配置転換で行ってきた。それで対応できるうちはよかったが、ディスラプティブ・イノベーションが起こす変化は激しく、個社の配置転換レベルでは追いつかなくなった。そこに現在の日本企業の苦境がある。 ■社会全体で支えるヨーロッパ型を目指すべき 日本企業が人材の流動化を社内の配置転換で対応してきた背景には、日本がセーフティネットの機能を会社に過度に背負わせてきたことが大きい。生産性の低い人材を外に出したくても、外部労働市場や社会のセーフティネットが発達していないため、企業が丸抱えせざるをえなかった。 ただ、アメリカのように外部労働市場ですべてを解決しようとすると、おそらく日本の社会は耐えられない。日本が志向すべきは、政府や産業界など社会全体で労働者の生活を支えるヨーロッパ型だ。日本はセーフティネットをこれまでの「会社共助型」から「社会共助型」へと転換することで、人材の流動化を促すべきだ。 まず、生産性の低い企業が市場から退出しやすくすることが大切だ。企業が倒産すれば労働者が困るというが、それはセーフティネットが会社共助型だから。社会全体で労働者の生活を支えれば、生産性の低い企業を生きながらえさせる理由はなくなる。企業の新陳代謝を促したほうが生産性は向上し、労働者も高生産性企業に移動して賃金も上がる。