「タイホラー映画」本国ではハリウッド映画超えの人気。朝の情報番組で“心霊コーナー”、オカルト大国の素顔に迫る
映画で呼び起こされる日常の記憶
欧米のホラー映画といえば、ジェイソンやレザーフェイスといった大量殺人鬼や、エクソシストを代表とする神と悪魔の闘いを描いた作品が頭に浮かぶ。 日本のホラー映画にも、貞子や伽椰子といった特有の鬱々とした怖さを持つキャラクターがいる。 だが、実生活の中でこうした化け物や悪魔憑きに遭遇した人間などほぼいないであろう。 タイのホラー映画でも、こうした内容は基本的にはエンターテイメントであることには間違いない。しかし、完全に非日常のものとして捉えられているかというと、決してそうではない。それどころか、ホラー映画を見ることによって、心の中に沈んでいた日常の記憶が呼び起こされることもしばしばある。 冒頭の『バーンクルアー凶愛の家ー』がタイで公開された昨年2023年のこと、職員室でこの映画が話題になったことがあった。その時、教師のひとりが「そういえばね……」と、彼女が子どもの時に住んでいた田舎の村落で起きた、呪術にまつわる体験談を聞かせてくれた。 映画の中で登場したのは、タイ呪術ではなかったにせよ、おどろおどろしい儀式のシーンが彼女の幼少期の記憶を呼び起こしたのであろう。 その話を引き継いで、しばし呪術の話で盛り上がる職員室の様子も、同時にタイあるあるの光景だなと感じたことを覚えている。 同作品では、亡くした我が子にもう一度会いたいという思いから、カルト宗教にはめられて、邪悪な儀式を遂行してしまった主人公の悲劇が描かれている。 キーワードとなるのは、「輪廻転生」「浮遊霊」「黒魔術」といったトピックであるが、「輪廻転生」は国教でもある仏教でも語られている教えでもあるし、先述したように幽霊や呪術に関する話は、自分に経験がなくともこの国に暮らしていれば、日常的に耳にする、タイ人にとっては馴染みが深いトピックだ。 そのため一見あり得ない話に見えるが、一方でリアルにも感じられ、タイ人の心の中にあるストーリーと共鳴することで「面白い映画」として拡散されていったと考えることができる 実際、この作品をつとめたソーポップ監督も「実話に着想を得た」と語っており、ノンフィクションとは言わないまでも、日常と非日常が織りなす独特の塩梅がヒットの要因となったとも言えよう。