朝ドラ『虎に翼』財産没収・身分剥奪…元華族令嬢・桜川涼子が失ったものとは? 華族世襲財産法と華族制度の廃止で追い込まれた特権階級
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』では第17週「女の情に蛇が住む?」が放送中。寅子(演:伊藤沙莉)は新潟地方裁判所へ異動し、娘の優未(演:竹澤咲子)と新生活を始める。本庁で週1回刑事事件を扱うことになった寅子は、星 航一(演:岡田将生)に連れられて本庁近くの喫茶店を訪れるが、そこでは明律大学女子部時代の同期・桜川涼子(演:桜井ユキ)と元付き人の玉(演:羽瀬川なぎ)との再会が待っていた。 ■華族令嬢として生きてきた桜川涼子の苦悩 桜川涼子は才色兼備の男爵令嬢として、ドラマ冒頭から登場する。初めて登場したのは、寅子が読んでいた雑誌で華麗なドレス姿がクローズアップされていたシーンだった。 寅子と初めて出会うのは、明律大学女子部の入学式だ。涼子は流暢な英語を交えて入学生代表として挨拶し、メディアでも盛んに取り上げられた。 どこに行っても何をしても「男爵令嬢」という色眼鏡で見られることの生きづらさを感じながらも、寅子らと共に法律を学んでいた涼子だが、結局彼女が高等試験司法科を受験することは叶わなかった。涼子の父・桜川侑次郎男爵(演:中村育二)が芸者と駆け落ちし、お家存続の危機に立たされたからである。 「華族令」では、女性が戸主(一家の主)となることを認めていなかった。従って、桜川男爵家の爵位を存続させ、家に仕える者たちの今後の生活を守るためには、涼子が婿をとるしかなくなったのである。こうして家のために自分の夢を諦めた涼子だったが、その後待ち受けていたのは戦争と終戦後の華族制度の廃止という残酷な現実だった。 ■財産も身分も失った華族たちの苦難 涼子は寅子に対して「苦労は星の数ほどございました」と口にした。同時に、「身分は失いましたが、それは皆が平等になるためには致し方のないこと」とも語っている。その言葉に、元華族である彼女の苦悩がみてとれる。 皇族・華族のなかには別荘地へ疎開した家も多かったが、特権階級といえど空襲で屋敷や家族を失った華族は少なくなかった。では戦争さえ終われば元の暮らしに戻れたかというと、そうでもない。終戦後、GHQのもとで日本という国の在り方や仕組みそのものが大きく変化するなかで、華族を取り巻く環境も激変した。 昭和21年(1946)11月3日、日本政府は新たな日本国憲法を公布した。作中でひとつの軸になっている通り、憲法第14条第1項「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」に続く第2項で「華族その他の貴族の制度は、これを認めない」と定められたのである。 そして同月20日、GHQの指導によって日本政府が制定した「財産税法」が施行された。これには戦時利得の没収、そして戦後の財政の行き詰まりを解消するという目論見があった。財産税は10万円以上が対象となる超過累進課税方式で、10~11万円以下で25%、以降財産が多くなるに比例して税率が上がり、15~17万円以下で50%、100~150万円以下で70%というようになる。1,500万円超の場合は90%も税が課せられた。 この財産税によって、裕福な華族ほど納める税が重くなり、金銭的に苦しい状況に追い込まれることになった。屋敷や別荘、土地、絵画などの美術品や骨董品を売りに出すなどして、どうにかやりくりするしかなかったという。桜川男爵家が戦前、そして終戦時点でどれほどの財産を有していたかは不明だが、瀟洒な屋敷や暮らしぶり、涼子自身が海外留学の経験があることなどから察するにそれなりの資産があったと考えれば、この財産税によって多くを失わざるを得なかったことは言うまでもないだろう。 追い打ちをかけるように、昭和22年(1947)3月、華族世襲財産法の廃止が決定。既に公布されていた新憲法下で華族制度の廃止が決まっていたことから、その特権だった世襲財産も不要であるという旨の話し合いが行われた結果だった。 そして2ヶ月後の5月3日には日本国憲法が施行され、これをもって日本から「華族」という身分の人々がいなくなったのである。 有馬男爵家の子息と婚約していた涼子がその後どのように家を守ってきたのか、身分と財産を失い、足の不自由な玉とともに厳しい戦後の苦境をいかにして乗り越えてきたのか、そしてなぜ新潟の地で喫茶店を開くに至ったのか、明日以降の放送で明かされていくことだろう。彼女の来し方を見る上で、今回ご紹介したような華族だからこその苦しさがあったことを念頭に置いておきたい。 <参考> ■『「華族」の知られざる明治/大正/昭和史』(ダイアプレス)
歴史人編集部