オーストラリアがイラクに再び兵を送る理由
最大の理由は、オーストラリアは2003年の開戦時からアメリカ、イギリスとともにイラクに侵攻した当事者だということです。派兵規模こそアメリカやイギリスに比べると小さかったとはいえ、2009年に撤退するまで延べ2万人以上の兵力を投入しました。現在の混乱の原因を作った当事者として「イラクが悪い勢力の手に落ちるのを見過ごすわけにはいかない」(アボット首相)という危機感があるのです。 また、イラク戦争に限らず、オーストラリアはこれまで1世紀にわたり、アメリカ、イギリスが主導する戦争に一環して参加してきた歴史があります。欧州で多数の犠牲者を出した第1次世界対戦、東南アジアや南太平洋で旧日本軍と激戦を繰り広げた第2次世界対戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争、アフガニスタンでの対テロ戦…。海外での戦争で多くの犠牲を払ってきました。 もちろん、若者を戦地に送ることには反対論もあります。特にイラク戦争をめぐっては、開戦当時、シドニーなど主要都市で大規模な反戦デモが行われました。開戦の根拠とされた大量破壊兵器がないことが後で分かったため、現在ではオーストラリア国内でも「間違った戦争」だったとの評価が一般的です。 しかし、党によって国防政策に違いはありますが、国家のために命を賭けた兵士を尊ぶという点では、保守もリベラルも関係ありません。学校ではそうした歴史教育が行われていますし、各地の公園には戦没者を奉る銅像や記念碑も置かれ、地域社会に大切にされています。 ■アメリカ、イギリスと一蓮托生 海外での戦争に積極的に関わってきた背景には、世界秩序に対する挑戦はオーストラリアの国益も損ねるという考え方があります。ただし、その世界秩序とはあくまでもアメリカ、イギリス主導の枠組みです。 オーストラリアがイギリスの植民地から独立してからまだ110年あまり。1970年代以降「マルチカルチャリズム」(多文化主義)の下で世界各地から移民を受け入れるようになり、近年は中国をはじめアジアからの移民も増えました。しかし、今でも国民の多くはおおむねイギリス系の文化や英語を受け継いでいて、政治や経済の支配層もイギリスにルーツを持つアングロサクソン系が中心です。