物理ベースAI搭載のロボットが登場、製造業に与える影響とは?
深刻なアメリカでの労働者不足
なかでもGrayMatter社が手がけるのは製造業で活用できるAIを組み込んだロボットの開発だ。 アメリカの製造業は2.5兆ドル(約400兆円)規模の産業でありながら、スキルのある労働者不足のため企業は莫大なバックログを抱えているのが現状。製造工程における危険で厳しい仕事は、スキルを身につけるのに長期にわたる研修や訓練が必要なことも労働者不足の原因とされている。現在、380万人雇用が埋まっておらず生産の遅延だけでなく、期待通りの品質保持にも苦しんでいると見られており、ほぼ半分近くの受注が滞っているとの試算もある。 GrayMatterの創始者でもあるCEOのカビール氏は、パーツの種類が多く、高度に多品種、変動の大きな作業が多い製造業ほどこの問題が深刻であることを知り同社を立ち上げたとしている。
同社の中核は、例えばアメリカンフットボールのヘルメットから戦闘機まで、製造過程で労働集約型の表面処理や仕上げ作業ができるロボットによるソリューションの構築にフォーカスし、企業向けにスマートロボットセルを提供するというもの。ロボットが物理ベースAIを駆使して、やすり、研磨、ポリッシュ、スプレー、コーティング、吹き付け、検査までのタスクを実行する。 通常ロボットは一つの特定の作業をするのに数週間かけてプログラミングされるが、この物理ベースAIを搭載したロボットは、高度な自己プログラミング能力を持つため、こうした表面処理作業を自律的に行うことができる。 何週間もかからずに、高レベルのタスク記述から自己プログラミングを行い、観察された性能に基づいてプロセスパラメータを適応させる点が特徴だ。
優れた自己能力を発揮するロボットセル
前述カビール氏の説明によれば、GrayMatter社の物理ベースAIは、既存の製造プロセスモデルと知識を実験データで増強し、リクエスト通りのものを提供しようとする。既存のモデルや知識と矛盾することをAIが学習しないよう、既知の物理ベースのプロセスモデルと知識を「制約」として強制する。 例えばやすりがけのツールの圧力を強めて作業してしまうとその部分に「たわみ」が生じる、という知識をAIに制約として強制するのだ。こうした単純な既知の知識であっても、これまではAIに一から学習させる必要があったが、これを最初から組み込むことで多数のテストをしなくても済むという仕組みだ。 しかもこの自己プログラミング能力は数分で済むうえに、一度プログラミングが済んでしまえば高度に一貫した高速の生産を開始する。人力では困難な生産量と品質の安定が望めるのうえ、ロボットが自分で健康管理をするため、故障や失敗のリスクを削減できるという。 GrayMatter社の物理ベースAIを組み込んだロボットはこれまでに、航空宇宙産業やボート、救急車などの特殊車両、一般消費財などといった様々な業界向けにカスタムされ、20台展開しており、総面積にして約70万平方メートルの表面を仕上げてきた計算になる。 また同社は7月頭に人間の倍のスピードで作業ができる第4世代のロボットを発表した。前の世代のものから各段にスピードアップしたほか、タスク完了までにかかる時間を測定し、安全のための人間工学スコアを計測。これによって、実際の工程をサポートするだけでなく、数値を算出する機能によって企業側は業務改善に数値を使った意思決定ができるとしている。 改善の内容は例えば、仕事で手を使い過ぎることによって発症する手根管症候群のリスクを90%削減できるほか、危険な粉塵を吸い込む工程から人間を排除することで、生産性は30%向上すると見られている。これまで1時間かかっていた工程が6分で完了するなど、目覚ましい改善点があり、新技術によってすぐに結果が出る上に労働者の安全性と満足度がアップするとしている。