「グリコ・森永事件の真犯人は特定されていた」…警察にキツネ目の男と疑われた男が明かす「報道されない真実」
■「犯人グループは200億円は設けた」 江崎社長は、兵庫県西宮市の自宅から3人組の男に誘拐され、大阪府茨木市の水防倉庫に監禁され、自力で脱出した。オレは、偶然にも、その水防倉庫と淀川を挟んだ岸辺にある家に生まれたんだ。土地勘は十分というわけだ。 さらに、オレの通っていた関西学院大学が西宮市上ヶ原にあり、事もあろうに、その大学の前に、3人組が誘拐に入った江崎社長の本宅があったのだ。 そのうえ、オレは「殺しの軍団」とまで呼ばれていた柳川組柳川次郎組長の秘書までやっていた。それゆえ、七年前の事件発生直後から、オレの名前が挙がっていたというのだ。 捜査員は、オレを挑発するように言うのだ。 「専務にも会って、聞いてきたのだ」 「専務」というのは、許永中のことだ。 「専務の言うには、あんな大仕事が出来るのは、小早川しかおらんと言うとるのや」 許永中が、そんな人のことまで言うわけない。 俺は、捜査員に言ってやった。 「ご明察、オレが犯人です。そのかわりイトマンの起訴は取り下げてくれ。そっちでいこうや」 結局、「グリコ・森永事件」での騒ぎはあくまで陽動作戦にすぎない。犯人の本当の狙いは、カネだ。株価操作だ。この事件の裏で200億円はたっぷり儲けたはずだ。高笑いしているはずだ。〉》 ■真犯人は特定されていた 結局、色々あったがグリコ・森永事件の捜査は真犯人にたどり着かないままで終結した。 報道には一切乗らなかったが、グリコ・森永事件の真犯人は特定されていた。特に警察庁関係者で知らない者はいない。ただ、証拠がなかった。 その犯人グループもすでに鬼籍に入った。電話をかけてきた女は、沖縄で飛び降り自殺。メンバーには子供もいたが、死んでいる。 ---------- 大下 英治(おおした・えいじ) 作家 1944年、広島県に生まれる。広島大学文学部を卒業。『週刊文春』記者をへて、作家として政財官界から芸能、犯罪まで幅広いジャンルで旺盛な創作活動をつづけている。著書に『安倍官邸「権力」の正体』(角川新書)、『孫正義に学ぶ知恵 チーム全体で勝利する「リーダー」という生き方』(東洋出版)、『落ちこぼれでも成功できる ニトリの経営戦記』(徳間書店)、『田中角栄 最後の激闘 下剋上の掟』『日本を揺るがした三巨頭 黒幕・政商・宰相』『政権奪取秘史 二階幹事長・菅総理と田中角栄』『スルガ銀行 かぼちゃの馬車事件 四四〇億円の借金帳消しを勝ち取った男たち』『安藤昇 俠気と弾丸の全生涯』『西武王国の興亡 堤義明 最後の告白』『最後の無頼派作家 梶山季之』『ハマの帝王 横浜をつくった男 藤木幸夫』『任俠映画伝説 高倉健と鶴田浩二』上・下巻(以上、さくら舎)、『逆襲弁護士 河合弘之』『最後の怪物 渡邉恒雄』『高倉健の背中 監督・降旗康男に遺した男の立ち姿』『映画女優 吉永小百合』『ショーケン 天才と狂気』『百円の男 ダイソー矢野博丈』(以上、祥伝社文庫)などがある。 ---------- ---------- 許 永中(きょ・えいちゅう) 実業家 1947年、大阪府大阪市大淀区(現北区)中津に生まれる。在日韓国人2世。大阪工業大学在学中から不動産や建設など様々な事業に関わり、在日同胞や極道関係者の人脈を培う。大学中退後、大谷貴義や福本邦雄らの知己を得て「戦後最大のフィクサー」の異名を取る。1991年にイトマン事件、2000年に石橋産業事件で逮捕。保釈中の1997年9月、ソウルで失踪。1999年11月に都内ホテルで身柄を拘束された。2012年12月、母国での服役を希望し、ソウル南部矯導所に入所。2013年9月に仮釈放。現在はソウル市内に住み様々な事業を手掛ける。著書に『海峡に立つ 泥と血の我が半生』(小学館))『悪漢の流儀』(宝島社)がある。 ----------
作家 大下 英治、実業家 許 永中