「FIREで人手不足」論から抜け落ちている重大側面とは、「人口減少でデフレ」がいつのまにか「人手不足でインフレ」に
確かに、前述したように人口が減少することが「デフレの正体」と言い切ることはできないと思われるが、「インフレの正体」でもないだろう。当時は人口減少とデフレが深刻な社会問題となっていたことから、人口減少がデフレに寄与するという説明が強く支持されたことは事実である。 このような変化は、「下向きの人口動態」という事象に対して、その時の経済環境によって受け入れられるストーリー(ナラティブ)が変わりうるという良い例のように思われる。人口減少がデフレの原因であるというのもナラティブであり、人手不足によってインフレがもたらされるというのもまたナラティブだろう。どちらも自明ではない。
他にも、「『結婚しないFIRE願望の若者』が人手不足を“超加速”する? 大胆で緻密なリポートが話題」(ABEMA TIMES)で取り上げられた分析が話題だと聞いた。 FIRE(早期リタイア)と人手不足を関連付けた興味深い分析だが、これもまた供給側だけを分析したバイアスのある考察である。 むろん、FIREが増えれば労働力が減少することは事実だと思うが、これは絶対数で考えた労働力の減少の議論であり、そのときに「人手」が「不足」するかどうかは需要次第である。
FIREした人がまったく消費をしなくなることは考えにくいが、労働所得がなくなる分だけ消費は抑制されるだろう。前述した日銀の議論と同様に、「人手不足」の議論をするのであれば需要側の変化も調べなければならない。 分析のうち「社会機能が成り立たなくなる可能性がある」という部分には筆者も賛成だが、「労働需給が逼迫して賃金に上昇圧力がかかることで企業にとってコストの増加要因となる。そうなると、企業は利益を補填するために価格転嫁をせざるを得なくなりインフレにつながる可能性もある」という点については「状況次第であり、ミスリーディングな部分がある」と言わざるをえない。