阿川佐和子「痛い通告」
さて歯医者である。神経は抜いた。麻酔をしていたので治療中は痛くなかったが、麻酔が切れたその夜は、悶絶した。 でもここを乗り越えれば痛みからは解放される。そう思ったにもかかわらず、次の診療日、再び「キーーーーーーーン」という不気味な音のする細いドリルを歯の奥深くに突っ込まれた。治療は完了していなかったのだ。 「痛かったら、手を上げてくださいね」 先生から明るく声をかけられる。ということは、痛い可能性があるということか。 「キーーーーーーーン」という音を聞きながら、私は身構える。 戦地で怪我をして麻酔なしで手術をした人のことを思え。難産に苦しんでいるお母さんの気持になってみろ。私よりはるかに痛い思いをしている人は、世の中にごまんといるのだ! 自分をりつけてみる。 でもやっぱり、痛いものは痛い。事前通告があるなしにかかわらず。
阿川佐和子