阿川佐和子「痛い通告」
「ちょっとチクッとしますよー」 血液検査をするとき、看護師さんはいつも優しく声をかけてくださる。チクッとするのか? どれぐらいチクッとくるんだ? 腕から目をそらし、その瞬間を待っていると、 「はい。終わりました」 なんだ、ぜんぜん痛くなかったぞ。 「お上手ですねえ」 私は晴れ晴れしい顔で看護師さんに礼を言い、止めていた息を大きく吐く。いつもそうだ。ぜんぜん痛くない。わかっているくせに、「ちょっとチクッとしますよー」と言われるや、たちまち身体中が硬直する。
子宮の組織検査を受けたことがある。定期検診の数値がちょっと気になる、一度、組織を取って検査をしましょう。そう医師に言い渡されて婦人科へ赴いた。 「下着を脱いで、そこへ座ってください」 付き添いの看護師さんに促されるまま、診察椅子に、やや露わな体勢になって腰を下ろすと、目の前に白いカーテンが引かれる。まもなく、 「では、ちょっと冷たいですが、器具を入れますねえ」 その言葉と同時に、冷たいステンレス製とおぼしき器具がぐいぐい奥へ入っていく。
最初は「うわ、冷たい」と驚くが、その冷たさに慣れた頃、突然、 「ぎゃっ!」 思わず声が出るほどの痛みが走った。いったい何事が起こったのか。 「はい、終わりました。お支度してください」 めまいがするほどの痛みの余韻を覚えつつ、体勢を戻して椅子から降りると、私は下着をつけ、ヨロヨロと産婦人科医の前のスツールに座った。するとその先生、かすかに口角を上げ、 「痛かったでしょう」 私は力なく、答える。 「信じられない痛さでした」 「失神する人もたまにいるんです」 失神!? マジか! 幸い、その苛酷な検査をしたおかげで重篤な病ではなかったことが判明し、めでたしめでたしではあったが、今でもあの瞬間の痛みを思い出すと、クラクラする。そして、痛みは事前予告をされたほうが楽か、それとも、されないほうが楽だろうかと考える。