やたら「歴史で物事を語りがち」現代中国人の心理 『中国ぎらいのための中国史』安田峰俊氏に聞く
現代中国政治にも歴史は自然と出てくる。かつて共産党の機関メディアで「李丞相はけしからん」という趣旨の文章が掲載された。ここでの李丞相は、秦の李斯と唐の李林甫を指しており、李という名字のけしからん宰相が歴史上にいたことを紹介して、当時の国務院総理(首相)だった故・李克強を暗に批判した。 李斯は、秦の始皇帝時代を描く漫画『キングダム』の影響もあり、日本でも馴染みが出てきたが、張献忠や李林甫はほとんど知られていないだろう。彼らは日本史の知名度で例えて言えば、橘諸兄や高師直くらいの存在だろうか。
仮に日本で何かを指して「伊達稙宗のようだ」と説明しても、「お前は何をいっているんだ」となる。ところが、中国では教養がないほうが悪いので、聞いて意味を理解できなかった側が気まずさを感じる。 また古典作品からの引用も頻繁に行われる。日本に当てはめると『土佐日記』や『南総里見八犬伝』の言葉が引用された話を聞いたとき、すぐにピンとこなければならない感覚だ。中国ではそれくらい歴史を自然な形で使っており、雑学ではなく現実生活にリンクしている。
――なぜそこまで歴史が身近なのでしょうか。 ナショナリズムと結びついている面がある。中国の歴史はやはり長い。大昔に文明があり現在も栄えている場所はそう多くないので、自分たちの歴史に一種の自信を持っている。 また、歴史が中国のソフトパワーになっているところもある。中国発のゲームやSF作品は多数出てきたが、アメリカのハリウッドほど多くの人が受け入れるソフトパワーが、国力のわりにまだない。そこで歴史を強調しこだわりを見せている。
中国発の人気ソーシャルゲームに「原神」がある。キャラクター名は日本に寄せているが、ゲーム中のせりふやメッセージには、日本語の文法は正確なのに日本から見て不自然なこともある。それは漢詩を引用したり、歴史的由来のある言葉を使っているからだ。ゲームにさえ古典や歴史的教養が自然と使われている。 ■かつての「朝貢関係」の擬似的な復活 ――歴史をソフトパワーとして使う中、歴史意識が中国政治や外交に影響を及ぼしている例もありそうです。