念のために受けた検診で「乳がん」が発覚。「両胸切除」することになった私は【専門医の解説付】
友人からかけられた「あなたは勇敢な戦士」という言葉に
田中さんは、外見よりも内面的なことはなかなか友人にも言えなかったと言います。 「がんだと言ったら病人だと思われるでしょう。親友にも言えませんでした。地元の狭いコミュニティの中で乳がんになったと言うと、相手は、なんと言葉をかけたらいいのか困るだろうなと思いました。私の考え過ぎだったのかもしれません。がんはパワーワードなので、『怖い』と言って検診を受けない人もいますし、両方無くなったなんて受け入れられないという友人もいます」 しかし、とある親友からは、「なんで一人で戦おうとするんだ」と怒られたと言います。 「フランスにフランス人の友人がいて、彼女に『乳がんになった』と言ったら、『あなたは勇敢な戦士だ。既に勝っているようなものだ』、と毎日のように励ましてくれました。国によって考え方が違いますが、フランスの場合、尊敬してくれるんです。病気に立ち向かっていく精神が立派だと。『あの人ガンになったんだ。大変だよね』というのとは違います。救われました」 検診で乳がんが見つかってから、一つ一つ問題をクリアして病気と向き合ってきた田中さん。外来の時間を夕方にしてゆっくり話を聞いてくれるなど、主治医が伴走してくれたことで乗り越えて来られたと言います。 「振り返ると、どんな時も主治医が、『大丈夫だよ』と言ってくれました」 【専門医・寺田満雄先生の解説】 ⚫︎両側乳がんと乳房再建 乳がんの診断・治療は片方だけでも十分つらい、大変なわけですが、田中さんのように左右同時に乳がんが見つかる方(同時両側乳がんと言います)は、乳がんの診断がつく方の内1-3%程度はいると言われています。 また術後に反対側の乳房に、新たに乳がんができる場合(異時両側乳がん)もあり、その頻度は報告によってまちまちですが、数%から10%程度と言われています 1) 。すごく多いわけではありませんが、珍しいというわけでもないという感覚で私はいます。 また、残念ながら、これまで乳がんになったことがない人が乳がんになる確率よりも、一度なった人が反対側にできる確率の方が高いことがわかっていて、注意が必要であることは事実です 2) 。これには、乳がんになりやすい遺伝学的な素因が背景にある場合もありますし、特別な要因がはっきりしない場合も多くあります。 そのため、乳がん術後には、再発だけでなく、手術をした反対側の乳房のマンモグラフィなどの検査を行って、新たな乳がんができていないかを定期的にチェックすることも非常に重要です。術後、手術を行なった側だけでなく、反対側もセルフチェックすることをよくお勧めするのですが、そういった理由からです。 片方の乳房から反対側の乳房への転移は基本的に起こらないため、反対側に見つかった場合は、再発ではなく、新しくできたものと考えます。見つからないに越したことはありませんが、これは治癒が難しいとされる遠隔転移再発とは異なるため、再び手術を中心とした治療が必要にはなりますが、治癒を目指した治療が可能です。 また近年、乳房再建が保険適応になり、治療の幅も広がりました。乳がんの手術と同時に再建手術を行うことも可能ですし、田中さんのように落ち着いてから後で行うことも可能です。案外、後からでもできる、というのも大事な話で、後でもできることは、一旦後回しにするというのも、悪くない考え方だと私は思います。 乳がんの手術と同時に行うと手術回数が減るというメリットはありますが、その時には考える余裕がない、術後を想像しにくいなどで、術前に決めきれないことも往々にしてあります。また、両側乳がんの場合は、もちろん両方とも保険適応になります。 両側乳がんの場合、遺伝的リスク等を懸念し、全摘が選択されることが多いのですが、その場合にも乳房再建は良い選択肢になります。 最終的に乳房再建をする/しないは、一人一人の価値観です。自分が納得して選ぶことができたのであれば、どちらも正解の選択肢です。しかし、知らなかった…というのは、後悔のもとになります。ひと昔前と比べると乳房再建の概念は浸透してきているとはいえ、残念ながらまだ十分とは言えないところがあります。できるだけ多くの人に、治療を決める前にその選択肢を知ってもらえればと思います。 本編では、乳がんだと診断された田中さんが両胸切除して乳房再建するまでと、寺田先生の解説をお届けしました。 続く「40歳を過ぎたら乳がん検診を『毎年受けても良いくらいです』と専門医が言うこれだけの理由」では、乳がん検診の詳細と、その必然性について寺田先生にお話を伺います。 1) Breast Cancer Res Treat. 2019 Nov;178(1):161-167. 2) Hum Pathol. 2019 Oct:92:1-9. 【寺田満雄先生プロフィール】 名古屋市立大学大学院 医学研究科 乳腺外科学講座 研究員/UPMC Hillman Cancer Center, Department of medicine, Postdoctoral Associate 2013年名古屋市立大学医学部卒業。関連病院および愛知県がんセンター乳腺科部勤務を経て、2019年 名古屋市立大学乳腺外科への帰局とともに同大学博士課程に入学。同年より名古屋大学分子細胞免疫学にて腫瘍免疫研究に従事。博士号取得後、2023年より、米国UPMC Hillman Cancer Centerに研究留学し、現在に至る。外科専門医、乳腺専門医。一般社団法人BC TUBE理事、乳癌診療ガイドライン委員。一般社団法人BCTUBEの活動として、乳がんという病気を多くの人に知ってもらうため、治療に関わる情報格差を減らすために、YouTubeチャンネル「乳がん大事典」の運営や様々な啓発活動に従事。
ライター 渡辺陽