「足が止まるくらいの凄まじい風で…」24年前の箱根駅伝 強風が生んだ波乱の“三つ巴の5区” 持ちタイム最下位だった「雑草ランナー」が大激走のワケ
追う「エリートランナー」、逃げる「雑草ランナー」
一方の大村は、長野の公立校出身で全国的な実績はない。 大学に入ってからもインカレ等のトラックレースでは目立つ結果は残せておらず、走っている選手の中では1万mの持ちタイムも最下位。1万mの記録で藤原と比すれば2分以上、奥田とも1分以上の差があった。 あまりに対照的な「追うもの」と「追われるもの」。傍から見れば抜かれるのは時間の問題のようにも思えた。 ただ、大村はトラックの持ちタイムは大きな問題ではないと考えていた。 「確かに当時、彼らとトラックで一緒に1万mを走れば平気で1分近く差を付けられたと思います。でも、“山なら行けるんじゃないか”という想いはずっとあった。それだけ上りには自信があったし、前年の経験もありましたから」 実際に、走り出した大村は快調に天下の険を駆けあがっていった。 序盤は当時の区間記録を上回るようなハイペースを刻む。中間点付近の箱根小涌園前では、大村は奥田を9秒引き離し、藤原にも3秒詰められただけだった。つまり、残り10kmあまりを残したところで、状況は小田原中継所でタスキを受けた時とほとんど変わっていなかったということになる。 ただ、奥田と藤原は揃って「後半勝負」と考えていた。 その想定通り、中間点を過ぎると少しずつ2人と大村との差が詰まりはじめた。芦之湯を通過して、16km地点の国道1号線の最高点に向かう長い直線に入った時には、およそ10秒差――40mほどの等間隔で3チームが並ぶこととなった。 ここでもうひとつ、この年の5区のレース結果に大きな影響を与える出来事が起こる。 それが、異常気象と言っていいほどの強風だった。
ランナーたちを苦しめた「箱根山中の突風」
「足が止まるぐらいの凄まじい風でした。あとにも先にも、あんな風は経験がない」(『Number』992号) 後ろから追う藤原がそう振り返ったように、前を行く中継車がよろけて蛇行するほどの突風だった。第2中継車はあまりの風の強さから前に進むことができず、風よけのため車の後ろについていたはずの2位を走る奥田が、その車の横を追い抜いていくという異例の事態まで起こった。 最高点を過ぎ、下りに入ってからも強風は続いた。 3人の中で最も前評判の高かった藤原は、こう振り返っている。 「下りに入ってからも強風で走りのギアを切り替えられなかった。『これは追いつけない。今日は3位だ、ごめん』と思ったのをすごく覚えています」(『Number』992号) 一方で、そんな風の中で勝負に出たのが2位を走る奥田だった。 16.6km地点で、ようやく先頭を走る法大・大村を捉えたのだ。 ただ、2人の平地での走力差を考えれば、むしろここまで大村が良く粘ったとも言える。大健闘の走りだった――おそらく、法大ファンですらほとんどの人がそう思っていたはずだ。 奥田が体半分、大村の前に出る。ここまで50km以上逃げ続けてきたオレンジ色の先頭が、ついに交代する。しばらく続く2人の並走を見て、そう誰もが思った瞬間、予期せぬことが起こる。 大村が、まるで短距離レースのような猛スパートを仕掛けたのだ。 まだ残りは4km以上ある。ラストスパートというにはタイミングが早すぎ、ロングスパートというには全力すぎるように見えた。 大村が振り返る。 「奥田が追いついてから思ったほど思い切って抜いていかなかったんです。そこで『あれ、これは疲れているぞ』と。もちろん自分も疲れてはいるんですけど、それで少し回復したというか」 2人の間に横たわる実力差を考えると、やるなら今しかない。決断は、一瞬で決めた。 「ここでダッシュして、奥田が少しでもキツイと思ってくれればと。それで突き放せればこのまま逃げ切れる。逆に、僕の余力を考えても今ここで抜かなかったら、多分一生抜けないと思ったんです」
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