「うわ、終わった!」田中史朗がラグビー日本代表として名を呼ばれる直前の「一瞬の間」、そのワケに涙腺崩壊した!
「網走の合宿、たくさんの方が応援にいらして下さった。最後は確か、800人ぐらい。その中の何人ぐらいやったかなあ、サインお願いしますって言ってくださった方全員にサインしました。ほんまに全員。というのも、これが代表でする最後のサインになるかもって思ったんで」 一筆一筆を振るうたび、万感の思いが込み上げた。 初めてサインを頼まれた時の照れくささと嬉しさ。できることならば断りたい、ズタズタの精神状態の際に差し出された色紙に、作り笑顔で向かい合ったこと。自分なんかのサインでも、ラグビーを好きになってくれるきっかけになるかもしれない。そう思って、精一杯、そして誠心誠意、書いてきた。 だが、そんな日々も、今日で終わるかもしれない。この1枚が、日本代表・田中史朗として最後のサインになるかもしれない――。 そんな心中など知る由もないファンは、サインを手にして笑顔で去っていく。その1人ひとりに、田中は「ありがとうございましたーっ」と威勢よく声を張り上げた。 威勢、ではなく、虚勢だった。
「もう必死でした。ちょっとでも気を緩めたら、もう涙が止まらなくなってしまいそうで」 本人の記憶では、なんとか、落涙だけはこらえることができたはずだという。やや記憶が不鮮明なのは、それからすぐ、ホテルに戻ってからの出来事の輪郭が、あまりにもくっきりと残っているから、だった。 ● 「うわ、終わった!」 嫌な予感は的中した 31名の中の1人か、それとも、10人の中の1人か。残るか、去るか――ワールドカップ最終メンバーの発表だった。 「怖くて怖くて、顔、あげられなかったです。マネージャーの方がメンバーを読み上げていく。最初はプロップから。そこからだんだんと後ろにいって、スクラムハーフの番がきた」 マネージャーの口から出た最初のスクラムハーフの名は、茂野海人だった。田中自身、自分の名前が最初に呼ばれるとは思っていない。 「エディー(編集部注/2015年W杯日本代表の指揮をとったエディー・ジョーンズ)さんの時は、スクラムハーフ、2人やったんです。ニュージーランドなんかやと、3人体制で行くのが普通なんですけど、ジェイミー(編集部注/2019年W杯日本代表の指揮をとったジェイミー・ジョセフ)はどっちなのか、それがわからなかった。なので、2人目で呼ばれなかったら、最悪、あかんかなと」 嫌な予感は、的中した。してしまった、と田中は直感した。