伊那谷楽園紀行(14)どこにでも面白い人はいると信じて
2017年の冬からの企画展「大昆蟲食博」は、口コミから広がり、会期末になるとメディアの取材が相次いだ。これは、捧が説明パネルをつくるために数日徹夜を強いられたのを除けば、あまり予算のかからない企画だった。
買ったのは、展示する「ざざ虫の佃煮」など幾つかの食べ物くらい。この連載で以前にも書いたが、ざざ虫の佃煮というのは、珍味であり貴重品。小瓶になったものが1000円を超える値段で売られている。それでも、展示品としては驚くほどに安い。とりわけ、来場者から評価が高かったのは、展示のやり方。捧は大皿にざざ虫やイナゴを並べ、そこに茶碗や箸も置いた。食卓をイメージした展示は、昆虫というものが決して、怖い物見たさのゲテモノ食いではないことを、来場者の心に語りかけた。 「伊那市創造館が初めてのものだから……縛られるルールもなくて……自由にできる」 地域の誇る建物を用いて、どのような施設ができるのだろうか。伊那市の人々は、それが気がかりだった。でも、いざ開館してみれば次々と面白い展示がやってくる。年を追う毎に来館者もジワジワと増えている。 「こんなことをやっていいのか……そう思ったこともないことはない……でも、伊那市を面白くするためならいいじゃないか……」
伊那市が面白くなり、自分も楽しめるなら、そんなに嬉しいことはない。だから「こんなことをやりませんか」と誘われれば、迷うことなく参加する。 駒ヶ根市の劇団から舞台に立たないかと誘われたら、仕事の合間を縫って稽古に参加し舞台に立つ。長野県で活躍する「信州プロレス」が伊那市にやってくる時には、蝶ネクタイ姿でリングアナを務める。 伊那市創造館の3階にある講堂も、もっと活用しようと考えて「創造館自主制作映画祭」も始めた。これもまた、常識でイメージされる映画祭とは違う。5分以内のショートムービー、または15分までの中編。伊那に関するものがワンカットでも入っているのがルールとハードルは低い。どうなるものかと、開催してみたのが1年目。2年目になると「これなら、自分でもできる」と考えたのか、それまで映像を制作した経験の無かった人が創作欲を喚起されてつくった作品を持ってくるようになった。 「どこにいっても、面白い人はいるし、面白いものはあるのだ……」 何年経っても、寒さには慣れることはない。でも、伊那は自分にとってちょうどよい街だったのだと、捧は思っている。 都会とは違う伊那の独特の文化。それに驚きながらも、喜びと探究心をどんどん燃やす捧に、伊那はぴったりの街だったのだろう。